寄稿


欲望とデジタル、そして本来の姿

中塚 千恵
東京ガス株式会社 広報部

広報部広告グループに所属。企業広告やCI管理業務を行う。最近制作・出稿したCMには、社会課題の解決に向けて、東京ガスの想いを込めた「子育てのプレイボール」「母の推し活」がある。
その他、同社ではCSR、コンプライアンス、調査研究部門(都市生活研究所)での業務がある。
また、現在、所属する関東学院大学の博士課程では、アイドルやJPOP などを追いかけてきたことを生かして、超高関与消費のメカニズム解明に取り組んでいる。
きれいすぎる言葉や作文が苦手で、疑問を持つことが多い。哲学を語ることも好きではない。

過剰な欲望とデジタル

 現在、ホストクラブの「売掛」が問題となっている。売掛とは、飲食代を支払えない場合に、ホストが立て替える借金のようなものであり、支払えない場合には、ホストの給料から天引きされる。飲食代といっても、場合によっては一晩で1 0 0万円という高額である。
 そのため、ホストにとっても、女性にとっても、売掛の支払いは重い。時に、ホストから売春などを強要されるとも言われ、社会問題になりつつある。警視庁も、新宿歌舞伎町のすべてのホストクラブに対し、客に売春をさせるなど、強引に売掛金の回収をすることは違法と警告し、警戒を強めている。さらには東京都も悪質ホストクラブの対策チームを立ち上げた。自分の“分”を超えることは、欲望を我慢できず対象に依存する人と表現されることも少なくない。
 ホストクラブに行くことで心の安定をはかる一方で、売掛などで四苦八苦するなど、負の側面もある女性たち。その苦しさや悩みとは裏腹に、TikTokなどでは「ホス狂い」と紹介され、その姿がおもしろおかしく描かれている。指名したホストを独占しようと結婚を迫ったり、他の子(被り)の席にいる時間が長いと怒ったり、時に泣きわめいてしまう様子は、ストーリー仕立ての事件のように描かれる。一方、リクルートや、お客さんを増やすために、真摯な経営姿勢を表現することもある。これらの話は知らない世界だからこそ、見ていて飽きないのではないだろうか。
 汚部屋の片付けや引っ越しの手伝い、衣替えサービスを主体とする会社を起業した女性は「インスタでPRしてきたが、最近は説明抜きでわかる「動画」が良いと言われ、動画 PRに取り組んでいる」と話す。だが、ホストクラブのTikTokを目にする人は、ホス狂いと聞いて、「怖い」「怪しい」と思う人がいるだろう。その一方で、その演出に「面白そう」「行ってみたい」「かっこいい」「自分は大丈夫」と感じる人も少なくはないだろう。ホストをアイドルのように感じる人もいるに違いない。便利な一方で、子どもたちを危険な世界へ近づけると言われてきたデジタルだが、実は大人も同様である。特に動画は、心を近づけていくことがある。

オタクは欲望まみれだったのか
〜デジタルが変える欲望の意味〜

 私は現在、超高関与消費研究を行っている。ここでも強く感じるのがデジタルの影響である。超高関与消費の代表例として、アイドル、プロ野球、プロサッカーなどを対象とした、いわゆる「推し活」に至るメカニズムの解明を行っているが、これまでは実際に見に行くか、家でテレビやDVDを見る程度だった。しかし、今は状況が変わっており、日々の生活の中にその応援活動が入ってくる。そして、それを発信し、推す。
 超高関与消費の代表例である推し活をする人たちは、かつて「オタク」と呼ばれた。オタクとは、コミック、アニメ、フィギュアなどのサブカルチャーに生活のすべてをかける人の総称である。ファッションなどには気を遣わず、コミュニケーションが苦手で、自分の世界に閉じこもりやすい人々という印象があった。そのため、暗い人、引きこもっている人というレッテルが貼られた。
 「オタクは、自分のためにだけ、自分の「欲望」のためにだけ生きているけれども、推し活は違う。推しの良さをみんなに広めることができる」と、3人の推しがいる4 0代女性は話す。推し活は「推す」という言葉の中に、「推薦する」という意味あいが含まれている。デジタルが進展してこそ、推し活は広まっているのだろう。オタクでも、推し活でも、自分以外の「誰かのために」、お金と時間を遣い、生活の一部としていることは共通している。オタクは現実を見ていないのではなく、推し活をする人と現実の世界への対処方法が違うだけとも言えよう。
 デジタルは、オタクのラベルとなっていた「欲望」を打ち消し、推し活人口の拡大をもたらし、その行為を一般化させた。行動に対するラベル(名前)が変わることで、「欲望」という言葉から切り離され、最近では「推し」がいる人はうらやましいとまでされるようになっている。
 デジタルは、言葉の意味を変えるきっかけとなった。自分が望む未来を実現するために行動することで、何かきっかけが生まれ、会社での地位や名声、そして個々の幸福を手に入れることができた人もいるだろう。
 このような瞬間において、欲望は単なる欲望ではなく、夢や憧れ、目標といった美しい言葉に変わる。欲望そのものが悪いものではく、その結果や表現は行動によって変化するというわけだ。

欲望はどうなるのか

 ある広告のコピー候補に、「欲望」という言葉があった。今を超えるには、ニーズでは足りず、欲を叶えることこそが満足につながるという意味で使われた言葉だと思うが、悪いイメージがあるからか「欲望」が選択されることはなかった。検討の過程の中で、この「欲望」という言葉にひかれていたのは2 0代の男性だった。
 格差社会の中で、生活をしていくことがやっとという若者たちも多いなか、欲望の行方はどうなっていくのだろうか。欲望は、自分の向き合い方でどのような存在か決まっていく。また、デジタルなどが創り出すムードや新たな意味合いの影響も受けるだろう。
 「今、叶えられること、そして、自分ができることから先へ」。そうあることが、欲望のあるべき姿のような気がする。「欲望」というコピーにひかれた2 0代の男性は、「この欲望という言葉からは、わくわく、楽しい印象がする」と話す。そんな、わくわく、楽しい世界につながる欲望を、伝える力(広告)で、私は広げていきたい。