寄稿


欲にもいい欲、悪い欲
~シン・三方よしのすすめ~

福島 常浩
トランスコスモス株式会社 上席常務執行役員

味の素で20年近くマーケティング関連業務とIT関連業務を担当、その後GEにて生保のネット販売事業の立上げ、三菱商事にてID-POSビッグデータ事業の立上げ、ぐるなびにて事業拡大と東証1部上場、メディカル・データ・ビジョン株式会社にて医療情報の活用事業の立上げに参加し東証1部上場。その後現職。
新規事業・新商品の立上げを多く経験。
日本マーケティング協会理事およびマーケティングマイスター
一般社団法人市場創造学会 事務局長

 欲望、強欲、欲張り、貪欲、欲の塊など、「欲」という言葉には、あまり聞こえの良くない響きがあります。反対に、「欲のない人だ」とか「欲得ずくでない」というのは、良い意味で使われる言葉ですね。欲とはおしなべて良くない事なのでしょうか。
 一方、私たちの専門のマーケティングでは、製品やサービスを顧客のニーズを充足する「ベネフィットの束」としてとらえます。製品がどのような成分やデザインでできているかという事よりも、顧客にどのようなメリットを生み出しニーズを満足させているかといった観点で見ることの方が重要だからです。このニーズとは買い手の「欲/欲求」にほかなりません。言い換えれば、企業がお客様の「欲」を満足させるべく製品やサービスを開発・提供し、対価としてのお金を得るのが価値の創造と交換となり、これによって企業の売上げと利益につながっているのです。「欲」が悪いことだとすると、なんとなくマーケティングに不利な成り行きになってきました。
 2023年8月に流通経済研究所の理事・名誉会長でおられる上原征彦先生は、「『欲望』の生産性」という書籍を上梓し、その中で「ビジネスは、金欲を組織的に達成するしくみ」であり、顧客の創造や社会貢献はその必要条件であると説かれました。なにやら「言わぬが花」といった感もありますが、経営者の立場からは正直「よくぞ言い切ってくれた!」と共感できる主張です。個客の創造やSDGsなどの社会貢献は利潤の追求の必要条件であるという事です。またお金を求める「金欲」は、一般的に否定的に受け止められがちですが、実は他の欲望を抑制する働きがあり、「金欲は意外にも」なのだそうです。むしろお金を得ようとすると、多くの場合他の欲望を抑えていることが多いという事なのです。そしてこの「金欲」は仕事や事業の推進力となり、社会の発展に大いに役立ってきたわけです。たしかに「少年よ大志を抱け!」 とは、大いなる志、すなわち「欲」を持ち、それをドライバーとして努力をすることを勧めている言葉にほかなりません。表現として、志と「欲」ではずいぶん響きが違うようですが、この言葉は「欲」の肯定的な側面を表しています。志としての「欲」は必要なものと言えそうです。
 一方、国際社会では、自国のエゴを武力行使で実現しようという事態も発生しています。これは国家の本音の「欲」とはいえ、肯定する気にはなりません。同じ欲といってもこれらはどう違うのでしょうか。
 よくよく考えてみますと、自分だけの都合で主張する「欲」と、他人(ヒト)の事まで考えた「欲」では、その評価が分かれるように思えます。つまり、己を利する「利己」は「悪い欲」、他人のことまで考えた「利他」は「良い欲」と言えそうです。個人や企業の「金欲」も、利他の心をなくせば「金の亡者」と呼ばれるでしょうし、みんなで仕事を完遂させる情熱に火をつける「欲」は、とても生産的なものです。
 仏教でも、誰かを犠牲にして自分だけが幸せになれれば良いという欲を「小欲」と呼び、こちらは戒めているようです。これに対して「大欲」とは誰もが幸せになる欲のことで、誰かが犠牲になることで成り立つのではなく、共に心豊かになっていく欲、それが「大欲」と理解されているようです。
 マーケティングコンサルタントとしてお世話になった梅澤伸嘉博士は、ニーズの研究家でもありましたが、生前「本音ニーズの主語は、必ず自分になる」とお話しされていました。でもそうすると、先ほどの理屈ではニーズ=欲は、すべて利己的な悪い欲になってしまうようにも受け取れますが、そうではないのです。おそらく自分が全く利益を得ない欲はほとんどありえないと考えると、同時に他者に対する考慮があるか、もしくは自分の「欲」の実現には他者に迷惑をかけないかという事が大切になるという事になります。さらには現代的に考えて、正しい欲を持つための、シン・三方よしを提案します。

 <シン・三方よし>
自分によし、他人(ヒト)によし、世間によし

 マーケティングの仕事も長年継続して慣れてくると、毎期同じ季節に同じ作業を繰り返し、ついつい自分の「欲」を忘れてしまいがちではないでしょうか。ベトナムのマーケターが講演で、「ブランドパーパス(欲と解釈)は、ブランドのIKIGAI(日本語の生き甲斐)だ」と話しており、新しいブランドパーパスのとらえ方としてなるほどと感心しました。今年からは自分に素直になって、大きな欲をしっかりと作って取り組むこととします。
 マーケターとして、一個人として、自分の本音で「欲」を見つめていくことができれば、もっともっと素直で自由になれるような気がします。だからと言って突然「本当の欲は何だろうか」と考えてみても、意外とすぐにわからないかもしれません。いろいろな固定概念で目が曇り、自分の「欲」に気づけなくなっているとしたらさらに大問題かもしれません。このブランドや会社の生き甲斐は何か、自分の生き甲斐は何か、などお正月のうちにじっくり考えて、自分にも他人(ヒト)にも世間にも役に立つ「大きな欲」を探してみることにします。
 今年はどうやら「欲」に注目が集まりそうな気配です。正しい「欲」をしっかり意識して、「大欲」を目指して仕事も私生活も邁進して参ります。皆さんも是非ともシン・三方よしで「大欲」を実現させましょう。

《注釈》
ⅰ 上原征彦、「『欲望』の生産性」、生産性出版、2023年
ⅱ 札幌農学校に勤務していた米国人学者ウイリアム・スミス・クラーク博士が1877年の帰国時に学生に送った言葉、“Boys, be ambitious.”の訳。
ⅲ 法爾自然あるオボウサンのweblogを参考。http://www.hashikura.or.jp/blog/?p=2984
ⅳ 「消費者ニーズの法則」、ダイヤモンド社、1995年など著作も多数ある。
ⅴ Huynh Thi Xuan Lien(Vice President CMSO,Vietnam)、”The Power of Purpose;Elevating Brand Love into Brand Value”、World Marketing Forum 3 at Bangkok