寄稿


欲しい未来を、デザインする

蛭子 彩華
一般社団法人TEKITO DESIGN Lab 代表理事
クリエイティブデザイナー

1988年群馬県前橋市生まれ。2012年立教大学社会学部を卒業し、IT企業に勤務。
結婚を機に退職し、夫の南米チリ駐在へ帯同。帰国後の2016年、第一子出産と同時にTEKITO DESIGN Labを設立。
現在は3児の母として、様々な社会課題に、デザインとビジネスの循環の仕組みでアプローチしている。

 今年の新春号のテーマは「よくよく欲を考える」です。みなさんは、「欲」と聞いた時に何を思い浮かべるでしょうか。私がまず思いついたのは「食欲」でした。私は食欲旺盛で、家族から食いしん坊と言われます。正直、そんな自分を恥ずかしく思うこともありますが、美味しそうな食べ物の匂いや見た目だけでなく、興味関心をそそるパッケージやポスターなどのデザインが、私の食欲に拍車をかけることが大いにあるなと感じています。例えば、湯気の立ち上るラーメン、水滴がついたビールグラスなどの“シズル感”あふれる広告写真は特に私の食欲を刺激します。

人の欲を掻き立てるデザイン

 食欲だけでなく、デザインには人の「欲しい」と思う感情を掻き立て、そして「心を幸せに満たす」力があると考えます。洋服、車、家具など、幅広いジャンルのものやサービスにおいて、古今東西、これまでたくさんの人を魅了し、そして数えきれないほどの欲を満たしてきたのではないでしょうか。
 このように、私はデザインに対して明るく、ポジティブなイメージを抱いていたのですが、ある日、友人との会話の中で「デザインがこれまでの大量生産・大量消費・大量廃棄を助長してきた側面があるのではないか」と言われ、ハッとさせられました。そして「デザインの使い方によって、毒にも薬にもなる。使い手の“目的”によって、多くの人を悲劇に扇動してしまう負のデザインの歴史があることをよく学んでほしい」とデザインの先生から教えていただいたことも思い出しました。
 デザイン自体に善悪はなく、デザインを手段として使う側の人の目的が善に向かっていることがとても大切であり、そして途中で目的がぶれていないかを都度確認し合える環境と関係性があることも重要なのだと友人や先生との会話から感じました。

「社会(ソーシャル)」とは

 今では社会をよりよくするための「ソーシャルデザイン」という考え方が存在し、デザインに限らず経営の世界でも古くから「三方よし」の「売り手、買い手の満足、そして社会に貢献することが大切である」という近江商人の哲学があるかと思います。
 ところで「社会(ソーシャル)」とは、一体、誰(何)のことを指すのでしょうか。私自身も日常的に使ってしまうのですが、改めてよく考えてみたいと思います。
 「社会」を辞書で引いてみると「人々の集まり。人々がより集まって共同生活をする形態。また、近代の社会学では、自然的であれ人為的であれ、人間が構成する集団生活の総称として用いる。(日本国語辞典)」とありました。
 家族、会社、そして地域などの共同(=1つの目的のために複数の人が力をあわせること)生活をする形態が社会であるということを考えると、私はまず自分の目の前にいる人たちを「社会」と捉え、言い換えるならば「みんな」という言葉が一番しっくりくるなと感じました。
 「みんな」とは「居合わすすべての人」という意味があるだけでなく「同僚やクラスメイトなど、“対等な立場の共同体”に対しての表現」です。上から目線の「みなさん」ではなく、対等な立場の「みんな」で目的に向かって物事を推し進めていくと、一人では想像/創造もできない対話が広がり、漠然としていた「社会」がとても具体的で身近に感じられるようになるのではないかと考えます。

対話から共通認識が広がる

 私は、学生と社会人が対等な立場で学び実践する「適十塾(てきとじゅく)」という団体に所属し、2010年からバングラデシュでのプロジェクトに取り組んでいます。
 現地のパートナーであるWFTO(World Fair Trade Organization:世界フェアトレード連盟)加盟企業のシニアマネージャーの女性との打ち合わせの際、学生メンバーの1人が「フェアトレードにおいて、大切なことは何か?」と質問をしてくれたことがありました。
 彼女からは「まず、心身ともに人が働きやすい環境を整えることが大切ですね。例えば、私たちの企業の職人が、沸騰したお水を飲んでいるか?働く環境の照明の光の量は足りているか?家庭でドメスティックバイオレンスを受けていないか?をしっかりヒアリングします。そして、一人ひとりの物理的・精神的状況に合わせて対応することが重要です。」という返答が戻ってきました。
 私を含め、そこにいた日本メンバーはとても驚きました。日本で生活をしていれば、蛇口をひねれば綺麗な水が出てきますし、電気もつくことが当たり前。そしてドメスティックバイオレンスに関しては、仕事関係者に育児や介護の話は多少できたとしても、パートナーとの込み入ったプライベートな問題を相談することはなかなかハードルが高いのではと感じてしまいました。
 しかし、彼女のこの言葉から、社会を構成する一人ひとりが「人として、心身ともに健康であること」が大前提としてあること、そしてそのことを「経営者、職人、パートナー企業(私たちの組織も含めて)のみんなが共通認識として持つこと」が重要なのだと実感しました。
 「フェアトレード」という言葉を知っているだけで、その具体的な指標のイメージまでは落とし込めていなかったことに学生からの質問やその場にいたメンバーとの対話で気がつくことができました。そして、「このプロジェクトを、自分たちの手でより良いものにしたい!」と願う気持ちが、その場にいたみんなの心に熱伝導したことを言葉の節々から感じ取れました。

欲しい未来を、デザインする

 冒頭で申し上げた通り、私は食欲旺盛なのですが、一人で食べるよりもみんなと対話をしながら食べる方がもっと好きです。国、年齢、性別を問わず、「こういう未来が欲しい!」とみんなで対話をし、みんなの欲をデザインを通して満たしていけるように、2024年、一つひとつ実践していきたいと思います。