寄稿


欲リテラシーを高めたい

帆刈 吾郎
株式会社博報堂 コンサルティング開発局

1995年に博報堂入社、以来マーケティング職に従事。2013年タイ・バンコクに駐在、生活総合研究所アセアンを設立。2020年日本に帰任し現職。

「貪欲」は善か悪か?

 「貪欲」という言葉があります。受け身的な人に対して「もっと仕事に貪欲になれよ」という使い方ならば、ポジティブな意味になりますし、もう十分報酬を得ている人に「彼は貪欲だ」と指摘する場合は、ネガティブな意味合いが強そうです。時と場合、つまり文脈によって、同じ「貪欲」でもポジティブにもネガティブにもなるものだと分かります。
 一般に、一定程度までの欲はむしろポジティブなものとしてとらえられる一方、必要以上に「欲張る」ことは、強欲であるとしてネガティブにとられるようです。
 欲張りすぎることはもちろん、欲が無い、欲が薄いことも、場合によっては必ずしもポジティブではない。だとしたら、ほどほどに欲をコントロールしていくことが大事なのかもしれません。

 では、どうすれば欲をコントロールできるのでしょうか?
 欲の種類、欲の強い弱いは人それぞれ違っているとしたら、まずは欲にまつわる自分自身の経験を棚卸ししてみることから始めるのはどうでしょうか。自分が欲を出した経験、人から欲について言われた経験など、過去の経験を振り返ってみると、自分と欲の関係を俯瞰で理解することができます。そのうえで、自分なりの欲のコントロール方法を考えてみるのです。

自分と欲の原体験

 隗より始めよということで、自分自身について、欲にまつわる小学生のころの原体験を少しだけ棚卸ししてみます。
 あくまで自分自身の感覚で、相対的なものではありませんが、幼少期から物欲は少ない方だったように思います。筆箱は小学校一年生から五、六年生くらいまで同じものを最後ぼろぼろになって壊れるまで使い続けたと記憶しています。
 親に何かを買ってほしいと強くせがんだ経験は記憶に強く残っているのは一度くらい。デパートのおもちゃ売り場で実演販売をしていた、宇宙ヒーローの絵を版画のように刷り出せるおもちゃがどうしても欲しく、自分のお小遣いから分割払いするからと交渉して認めてもらいました。しかし実際は買ってすぐに飽きてしまい、分割払いもうやむやにしてもらったような気がします。この経験は、ものすごく欲しいと思って衝動買いしたものでもすぐ飽きてしまうことがある、ということを理解する良い経験になり、その後物を買うときは本当に欲しいか、慎重に考えるようになりました。
 また、親戚のおじさんと夏祭りに出かけたときのことです。おじさんは「今日は屋台で好きなものを何でも買っていいぞ」と言ってくれていたのですが、たこ焼きを一つ買ってもらったところ、それ以上欲しいものが自分の中で無くなってしまったのを覚えています。遠慮していたこともあると思いますが、もう何も要らない、とおじさんに言ったところ、「なんだ、もういいのか・・・」と今日は散財しようと意気込んでくれていたおじさんががっかりしたような表情を見せていたことが印象に残っています。控えめすぎる(欲が無さすぎる)と逆に人をがっかりさせることも場合によってはあるのか、ということを理解した経験でした。
 また、学校でも目立ちたくない、控えめでありたいという気持ちが強く、通信簿では「もっとリーダーとして意欲をもってやってほしい」というようなことを書かれていたと思います。

欲リテラシーを高めたい

 こうして自分の過去の経験を改めて思い返してみると、自分の場合、元々物欲や承認欲的なものは少な目、むしろもう少し欲(意欲)を見せた方が良いと言われてきたタイプだったのだと思います。自分の欲の傾向をなんとなく理解したこともあり、社会人になってからは欲を適正に出していく(良くいえば、もう少し意欲を出していく)方向に自分をコントロールしていこうと考えていました。
 欲が元々多めの人の場合、どう欲をコントロールして付き合っていくのかには、また違う考え方がありそうです。しかし、いずれの場合であれ、過去の体験などから自分自身と欲との距離感を俯瞰してみる、そして、そのことで自分と欲の関係性を深く理解し、自分なりの欲との付き合い方を模索する。こうした作業を行うことで、欲と自分の良い関係を築いていく手助けになるかもしれません。
 近年様々な分野でリテラシーという言葉を聞きます。金融リテラシー、ITリテラシーはたまたソーシャルメディアとの付き合い方の知識としてソーシャルメディアリテラシーが必要だとも言われています。しかし、欲との適切な付き合い方がわからずに、人生が破綻してしまうことの無いように、欲との付き合い方、コントロールの仕方を学ぶこと、いわば「欲リテラシー」を学び高めることは、金融やITの知識を身に付ける以前に必要なことではないかと思います。