寄稿


「欲」との付き合い方と、
「欲」とマーケティングとの関係性

見山 謙一郎
株式会社フィールド・デザイン・ネットワークス 代表取締役CEO
事業構想大学院大学特任教授

社会課題起点でビジネスを想像し創造する “Business for Re-Designing Society”の活動を産官学金民の枠を超え、クロスボーダーで展開中。環境省、総務省、林野庁などの中央省庁の他、墨田区や川崎市など地方自治体の行政委員をつとめる。また、Pan-Asia Research Institute(PARI) Director、国際NGOメドゥサン・デュ・モンド・ジャポン(世界の医療団)理事、公益財団法人三井住友銀行国際協力財団評議員などの役職を兼務。

 今回、「よくよく欲を考える」というテーマをいただきましたが、「欲」について、ましてや自分の「欲」についてじっくり考える機会はこれまでありませんでした。そもそも自分の欲なるものを、他人に話すことはなかったですし、原稿に書き留めようなどとは、全く思いもしなかったことです。その理由をよくよく考えてみると、「欲張り」、「欲深い」など、欲は美徳と言われるものとは真逆に位置づけられているからなのだと思います。とは言うものの、誰しも心の内側には、何らかの欲が存在することは間違いないでしょう。だからと言って、「あなたの欲は何ですか?」と聞くことは、相手の心の内側を覗き込むようで、失礼に当たりますし、欲について他人に尋ねるようなシチュエーションはあまりイメージできません。しかし、「夢」については尋ねることも、尋ねられることもあります。では、「欲」と「夢」との違いは何なのでしょうか?

ポジティブイメージの「夢」と、ネガティブイメージの「欲」

 子どもの頃から「夢を持ちなさい」とか、「大きな夢を抱きなさい」と言われた経験は、誰しもあるのではないでしょうか?「夢」には、とにかくポジティブな印象があり、前向きな気持ちを持つことに繋がります。実現可能性さえ問われなければ、人は誰しも大きな夢を描き放題です。しかし、持つことが肯定され、大きいことが是とされる「夢」と異なり、「欲を持ちなさい」とか、「大きな欲を持ちなさない」と言われることはなかったと思います。そもそも、「夢」を語る人は尊敬できますが、「欲」を語る人は胡散臭いと感じてしまうでしょう。やはり、「欲」はネガティブな印象が強いような気がします。しかし、本当にそうなのでしょうか?

肯定的に捉えられる「貪欲(どんよく)」

 新興国や途上国の若者に対し、最近の日本の若者は「貪欲(どんよく)さに欠ける」と言われています。この文脈においては、ネガティブなはずの「欲」が「必要なもの」と肯定的に認識されており、しかもそのことに対して大きな違和感を覚えることもありません。しかし、「貪欲」を辞書(Oxford Languages)で引いてみると、「非常に欲が深いこと。強欲(ごうよく)。」、「仏教十悪の一つ。むさぼって飽くことをしらないこと。」とあり、本来であれば、とても肯定的に捉えられる言葉ではないはずです。ここに至って、「欲」を語ることは一筋縄ではいかず、だからこそ「よくよく欲を考える必要があるのだ」という、今回のテーマの意図を理解できたような気がします。

「欲」と「夢」との関係性

 新興国や途上国の若者と日本の若者との対比において、「貪欲」という極端な言葉の他に、「最近の日本の若者はハングリー精神に欠ける」のように「ハングリー精神」という言葉が使われることもあります。この文脈において、「貪欲」と「ハングリー精神」は、同じようなニュアンスで使われていることが理解できます。「ハングリー精神」と言えば、2005年6月にスティーブ・ジョブズがスタンフォード大学卒業式でのスピーチを締め括った “Stay hungry, stay foolish”という言葉が真っ先に思い出されます。webで検索したところ、実際に“Stay hungry”を「貪欲であれ」と訳しているものもありました。その他にも “Stay hungry”の解釈はいろいろとありましたが、ジョブズのスピーチ全体から読み解けることは、「現状に満足し、妥協するな。直観に従え」のようなイメージで、「貪欲」という解釈に違和感を覚えないのは、「弱い自分自身の内面と本気で向き合え」というジョブズの強烈なメッセージを敢えて逆説的な強い言葉で表現したからではないか、と私は思います。「欲」というものは、人の心の内側に存在し、時に行動を誘発する起爆剤にもなり得る、ということなのでしょう。だとするのなら、「欲」は「夢」を実現する起爆剤になるかも知れません。

「欲」とは?

 「欲」とは、何かが満たされていない状態から生まれます。そしてこの満たされていない状態を自らの力で満たしたいと思う前向きな気持ちが、良い「欲」に繋がるのだと思います。「自分はこんなもんじゃないはずだ」、「だからもっとこうしたい」、「夢に向かって、自分はもっとできるはずだ」という満たされていない状態を満たしたいと考え、何かを変えたいと思う心は、人の内面に宿る「欲」と捉えることもできそうです。こうした欲を満たすために、人は努力するのだと思います。そして、内発的な欲であればあるほど、人は計画と努力を惜しむことはないと思います。

「欲」との付き合い方

 当初、「欲」は極めてネガティブなものとの印象がありましたが、よくよく考えていくと、「欲」は決してネガティブなものだけでなく、付き合い方次第では、ポジティブに変換することもできそうだということがわかりました。もちろん、身勝手な欲があまりにも強すぎると、「強欲」や「私利私欲」に繋がることから、諸刃の剣であることは間違いありません。こうした点を踏まえ、よくよく欲を考え、「欲」との付き合い方を以下の通り整理してみました。

1.良い「欲」とは、満たされていない状態を自らの力で満たしたいと思う前向きな気持ちから生まれる
2.「夢」は口に出してもよいが、「欲」は心の内側に秘める
3.「夢」を実現するためには、時に他人の協力も必要だが、「欲」は自分自身でコントロールする必要がある
4.「夢」は目的になるが、「欲」を目的にしてはならない
5.「欲」は、「夢」を実現するための手段であり、起爆剤になる

「欲」とマーケティングとの関係性

 個人の「欲」は極めてパーソナルかつセンシティブなものであり、外から簡単に窺い知ることはできません。しかし、マーケティングにおいては、顧客のインサイトに迫ること、つまり顧客の深層心理の領域に迫ることが重要視されます。本稿の文脈において、インサイトとは、「欲」と置き換えることができると思います。顧客の「欲」はなかなか外から窺い知ることはできませんが、「夢」は知る術があり、そこから「欲」の仮説を立てることはできると思います。但し、夢は有形でなく無形です。モノ消費からコト消費の比重が高まるこの時代だからこそ、敢えてよくよく欲を考える必要があるのです。