特集


巻頭コラム/静動脈連携


社会課題起点の発想による創造的取り組み

見山 謙一郎(本誌編集委員)

 本年3月に策定された「成長志向型の資源自律経済戦略」において、経済産業省は、現在の動脈産業と静脈産業が分離する「動静脈分離」の‟リニアエコノミー型”の社会システムではなく、今後は、動脈産業と静脈産業が相互に連携する「動静脈連携」により‟サーキュラーエコノミー(循環経済)型”の社会システムの構築を志向することを示しました。
 経済産業省が志向する「動静脈連携(動脈・静脈連携)」というキーワードは、これまでも環境行政や環境ビジネスの世界で使われていた言葉ですが、私は長年委員を務めた環境省の中央環境審議会循環型社会部会において、廃棄物処理という静脈側の課題に、主に動脈側で開発された産業技術が寄与する可能性について言及し、従来の「動静脈連携」に加え、「静動脈連携(静脈・動脈連携)」という新たな概念的用語を敢えて使っていました。これは一義的には、課題起点の視点、取り組みから、新たなイノベーションが生まれることへの期待に言及したものですが、より本質的には、カーボンニュートラルや資源循環など、現代の社会課題の担い手が静脈産業であることを考えると、静脈産業起点で新たな循環型社会システムを構築できるのではないか、と考えたことにあります。そして、今後の経済成長と、社会課題解決を担う社会システムの主役は、こうした課題に取り組んでいる、静脈側のプレーヤーではないか、と考えています。

 静脈側から、現在のメインストリームである動脈側に働きかけを行い、課題起点(静脈起点)で新たな循環型社会システムを構築するという「静動脈連携」の概念から得られるマーケティングへの示唆は、今後は動脈側の、目に見える世界だけでマーケティングを語ることは、もはや困難になっており、静脈側に存在する目に見えない価値や見落としがちな本質への感度がこれからの時代のマーケターに求められている、ということだと思います。このことは、How、Whatという手段ばかりに目を向けるのではなく、Why(なぜなのか)に遡って考える、ということにも繋がります。
 そして、これまでの‟当たり前”を意識的に疑うために、敢えて思考を逆転させる必要があるということです。例えば、大企業とスタートアップとの関係性については、敢えてスタートアップの目線から大企業のイノベーションの課題を考えてみること。そして、都市と地方との関係性では、地方の課題よりも可能性に着眼し、都市のみならず世界に対して積極的な働きかけを行うこと。そして、日本と新興国・途上国との関係性では、先進国目線ではなく、新興国・途上国の現地目線から現地にとっての本質的価値を考えることにより、こうした国々と共創し、ともに成長を目指していくことなどです。
 本号では、未来志向の子会社の取り組みが、親会社の経営に大きな影響を与えている事例や、非財務的価値が財務的な価値に影響を及ぼしている事例。また、ファッションの世界では、マイノリティの価値観がファッション業界を震撼させた事例。そして、社会セクターの取り組みが現在の企業の取り組みを先取りしていた事例など、多岐に渡る事例を紹介していますが、いずれもメインストリームとは逆の静脈側から、メインストリームである動脈側を動かす事例です。
 そして、この「静動脈連携」の概念、価値観は、アジアの価値観と捉えることも出来ます。

“陰と陽”は、なぜ、陽よりも陰が先に来るのか?
“呼吸”は、なぜ、吸うことよりも吐くことが先に来るのか?

 これらはいずれも、アジアの価値観ですが、“循環”させることが前提となっていることが特徴です。つまり、課題起点の‟サーキュラーエコノミー”の価値観は、アジアの価値観であり、日本固有の「循環型経済」と捉えれば、アジア的、日本的価値観への原点回帰と捉えることができるのです。
 静脈側の世界線にあらためてスポットを当ててみることから、新たな社会デザインや組織変革、そしてイノベーションの可能性やマーケティングの未来を想像してみませんか?

見山 謙一郎
株式会社フィールド・デザイン・ネットワークス
代表取締役CEO、事業構想大学院大学特任教授

「社会課題×ビジネス×未来」の視点から、社会デザインや企業戦略支援等に従事。
環境省、総務省、林野庁、地方自治体の各種委員のほか、国際NGOメドゥサン・デュ・モンド・ジャポン(世界の医療団)理事などを兼務。