第6回
アイデアは寝かせろ

Something New

 新しい見方やアイデアづくりにチャレンジしようとあれこれ考えてみても、実際には行き詰まってしまう場合がよくあります。前回は、そのような時は思いきってその思考から「離れる」ことをお勧めしました。それは単に気分転換になるばかりではなく、実は創造的思考における重要なプロセスにもなることをみてみましょう。

離れるから寝かせるへ

  「インパス」※1から「タブララサ」※2への転換は、アイデアづくりで行き詰まった状態からいったん「離れる」ことを勧めたものでした。知の巨人と呼ばれた外山滋比古は、創造的思考においてはいったん行き詰まった思考から離れて「寝かせておく」ことの重要性を述べています。ここで言う「寝かせる」とは単に行き詰まった思考から離れるという行為を表すのみならず、時間的経過つまり「時の試練」を受けることを意味しています。
 何か大きなことが起きて、それに対して重要な決断をしなくてならないような時に「一晩寝てから考えなさい」とよく言われます。これは即断するよりも一晩たって気持ちを落ち着かせ、冷静に異なる視点からの新しい見方・考え方が生まれる可能性について述べたものです。外山滋比古は、このプロセスを酒造りの醗酵プロセスに例えています。つまり、原料となる米に酵母などを掛け合わせることにより酒が生まれるのと同様に、新しい考え方やアイデア創出にも同様の︽醗酵”プロセスが重要な役割を果たすと述べています。

あたためる孵化(ふか)期

 行き詰まったアイデアづくりの思考をいったん寝かせるという行為は、実は創造的思考の第2ステージの「孵化期」と位置づけられるものです。「寝かす」とは、時の試練を経る=さまざまなアイデアの卵を「あたためる」=「孵化期」と捉えられます。いきなり卵がヒヨコにならないように、しばらくあたためる時期が必要になることに倣ったものです。
 しかし、寝かせてさまざまな思考の可能性を温めるというのはなんとなく分かるけれど、どうして思考を停止して時間をかけることが新たな考え方やアイデアの創出になるのか、分からないと言う方も多いかもしれません。

無意識の中での思考

 最近の脳科学や認知科学の研究によると、思考は意識時だけでなく意識していない状態(無意識)でも同様に行われていることが分かっています。「寝かせる=あたためる時期」では、実は意識的な処理と同様な無意識的な処理が行われているわけです。つまり思考が停止しているように見えても、無意識面では潜在的な情報処理が行われていることになります。
 社会心理学者のディクステルホイス(A.Dijksterhuis)らの創造的思考に対する興味深い実験があります。最初に全員に課題に対するアイデア探索の時間が与えられます。そしてそれから、課題に対して熟考できるグループ、熟考する時間を与えられず即答するグループ、そして課題に無関係な問題に取り組ませるグループをそれぞれ作ります。
 ここでは熟考できるグループと課題に無関係な問題を与えられたグループとの結果に注目です。普通に考えれば、じっくりと考える時間を与えられたグループから、独創性の高いアイデアが出てくるように思えます。ところが実際には、課題に無関係な問題を提示され取り組んだグループの方から、独創性の高い有用なアイデアが多く出てきたのです。
 これは自由に熟考できるグループでは課題にかかりっきりとなり、結果的にインパス(行き詰まり)な状態が生じて創造性の高いアイデアの創出が阻まれたと考えられます。課題に無関係な問題に取り組んでいたグループは、その間は本来の課題の解を考える時間がストップする=つまり「寝かせる」時間が生まれたことになります。
 つまり、この「寝かせる」時間があったか否かが両グループの大きな違いとなります。熟考できたグループは意識的処理がメインとなり、課題に無関係な問題に取り組んだグループは「寝かせる」時間帯に無意識的な潜在的処理が行われていたと考えられます。

「寝かせる」大切さ

 私たちが睡眠中に見る夢は、それまで記憶したり体験した情報やイメージを寝ている無意識の間にランダムに整理していると考えられています。脳は寝ている間や意識していない時でも絶えず動いています。同様に「寝かせる」という無意識の時でも、意識的処理の時に行われた思考や情報が思いもしない形で結びつく可能性があります。夢を見た時にそれが現実にはありえない奇想天外なものだったりしたことは、皆さんも経験したことがあるでしょう。
 課題の意識的処理は知識、体験、参照した情報などの常識的な制約内で行われがちですが、無意識な潜在的情報処理ではこれらの制約を飛び越えて、夢同様に突拍子もなく自由でランダムな形のものを出現させる可能性があります。
 みなさんも行き詰まった課題を一度思いきって寝かせてみたらいかがでしょうか。自由奔放なアイデアが、ある時にひょっこりと閃くかもしれません。ぜひトライしてみてください。

《脚注》
※1インパス:対象となるモノの特性が持つ常識に縛られて、先に進めず行き詰まってしまう状態。
※2タブララサ:頭を空っぽにするとか、気分転換して考えることを停止したりすること。

中島 純一
公益社団法人日本マーケティング協会 客員研究員