第12回
DMN論①
─注目される意識下の活動─

Something New

 私たちが思考したり閃いたりする時に、脳の中ではどのような働きが行われているのでしょうか。未だに謎のベールに包まれた脳の活動ですが、今回は発展めざましい最新の脳科学や認知科学等の知見を踏まえて、思考段階の脳の活動ー特に創造的思考と閃きーについてみてみたいと思います。

マッピングからネットワークへ

 私たちが何かを見たり感じたり思考したりする時に、それらは脳のそれぞれの部位に対応しているものと長く考えられてきました。この考え方は、神経解剖学者ブロードマンの「脳機能局在論」や脳神経外科医ペンフィールドの「脳地図」を代表とするものでマッピングとも呼ばれ、長く脳科学研究の主流であり今日も綿々と続けられているものです。
 一方1980年代から90年代にかけて、テクノロジーの進化に伴う検査機器の発展もめざましいものとなります。特に注目されるのが、‟イメージング”と呼ばれる脳内の各部の生理的機能を測定し画像化する技術の登場です。脳は外見からはその活動を推測することはできなかったのですが、脳の活動をリアルタイムで測定できるfMRI(機能的磁気共鳴画像法)やPET(ポジトロン断層法)などの登場によって、脳血流動態を測定し画像化することが可能になりました。
 このようにリアルタイムで画像化すなわち視覚化できるようになったことで、それまではさまざまな認知活動と脳の関係が主に一対一対応とみなされてきたマッピングに対して、実際には脳のいくつかの領域をまたがって連合あるいはネットワークを作って対応していることが判明してきました。

思考と3大ネットワーク

 脳にはさまざまな認知活動に応じて出現する大規模なネットワークがいくつも存在することが近年わかってきました。それらの中でも思考や閃きと関係のある代表的なネットワークが3つあげられます。まず私たちが思考したり覚醒したりしている時の脳の活動が、セントラルエグゼクティブ・ネットワーク(CEN:Central Executive Network)と呼ばれるものです(中央実行系ネットワークとも表現します)。これは多くの場合に、ワーキングメモリーネットワーク(WMN:Working Memory Network)とも呼ばれ、意識的に集中する時に働くネットワークです。主に脳の外側領域(背外側前頭前野や前部帯状回、後部頭頂葉など)が連携してネットワークを形成し、課題となる問題解決を担うものです。
 これとは対照的に安静時やボーッとしている時などにみられる脳の活動が、デフォルトモード・ネットワーク(DMN:Default Mode Network)と呼ばれるものです。CENとは異なり、脳の内側部分(内側前頭前野、後部帯状回、後部頭頂小葉など)が結びついてネットワークを形成しています。そして覚醒時と安静時の両ネットワークを切り替える役目をしているのがサリエンス・ネットワーク(SN:Salience Network)で、このネットワークは生命維持に重要な情報の検知や処理も行っています。
 実際の例で考えてみましょう。例えばみなさんがアイデア発想のセミナーを受講しているとします。講師のアイデア発想に関する理論やさまざまな発想法についての講義を聴いている時は、セントラルエグゼクティブ・ネットワークが働いています。講義の情報を取り込んで処理する、いわば情報処理の働きです。そして講義の後に、アイデア出しの実践が始まります。いろいろな発想法を使ってトライしてみるものの、なかなかいいアイデアが浮かびません。そこで思わずその課題から離れてボーッとしてしまいます。このボーッとした瞬間が、デフォルトモード・ネットワークが優位になった時となります。そうこうしてる内に、講師から指名されて発表することになりました。するとまた外部に意識を向けたセントラルエグゼクティブ・ネットワークが優位になるわけです。そしてこれらのネットワークを切り替えるスイッチの役割をしているのが、サリエンス・ネットワークとなります。
 よく例えられるのが、クルマの運転中のドライブモードがセントラルエグゼクティブ・ネットワークであり、エンジンが回ったまま一時停止しているアイドリング状態がデフォルト・モードと言われます。両者はいわばシーソーの関係にあり、この運転とストップを切り替えるのがサリエンス・ネットワークということになります。

デフォルトモード・ネットワーク(DMN)

 これら代表的な3つのネットワークの中で、創造的思考と閃きという観点から最も注目されるのが、デフォルトモード・ネットワーク(DMN)です。脳科学においては90年代以降、課題に集中したり思考するという基本的な脳機能の研究が、進化したイメージング技術によって盛んに行われようになりました。
 そうした流れの中で神経学者マーカス・レイクルらのチームによって、意識的な活動の時よりもそうでない時(意識的でない、意識下や安静時)の活動が、実は意識的な活動よりも20倍ものエネルギーが使われていることが2001年に発見されます。人の脳の活動は思考したり歩いたり話したりと意識的な活動を行う時に活発となり、そうでない時は休止状態になると長く考えられてきましたが、この発見はそれを覆すもので多くの研究者にショックを与えました。そしてマーカス・レイクル等によって、この安静時の活動はデフォルトモード・ネットワークと命名されました。
 課題に対して一生懸命考えてる時よりは、実はボーッとしている時や安静時の方が脳血流の動きが活発になり、内側前頭前野など脳の内側のいくつかの領域と連携してネットワークを形成していることが明らかになったのです。
 課題に対して創造的思考が行き詰まった時に、課題から離れて別のことを行うとか、ボーッとする、あるいは安静にしているといった行為をとると、このDMNが働いて通常の外に向かう意識的な活動の20倍ものエネルギーを使う、つまり内側のバックヤードで盛んに脳活動が行われていることを意味しています。閃きを生みだすためには、一旦、課題から離れろとは、このように意識下の脳活動に繋げるということになるともいえます。
 次回はこのDMNと創造的思考について、さらに考えてみたいと思います。

中島 純一
公益社団法人日本マーケティング協会 客員研究員