『エフェクチュアル・シフト』
『ケースブック オムニチャネルと顧客戦略の現在』

『エフェクチュアル・シフト
不確実性に企業家的機会を見いだすマーケティングの探求』
栗木 契 著 ‎ 千倉書房

 本書は、変化する市場環境の不確実性に対して、「俊敏に動くマーケティング」の可能性・必要性・有効性を「エフェクチュエーション(Effectuation)」という企業家論を軸に据え探求した傑著である。
 エフェクチュエーションは、起業の熟達者対象の研究から生まれた理論体系で、起業家として成果を出すための再現性ある問題認識の枠組みを提案してきた。近年は当該理論が、人と人とが関わりから産み出される「人工物の科学」としての世界観を持つことから、「起(き)業家」向けにとどまらない「企(き)業家」向けの理論へと発展を遂げている。その中でも本書の特徴は以下の通りである。
 まず、一般的なマーケティングリサーチとバリュー・イノベーション活性化のためのリサーチを体系的に関連づけている。そこには、企業家の行動の省察、逸脱事象との遭遇、ピラミッディング、観察対象との一体化など通常のマーケティングリサーチでは聞き慣れない概念が登場し、読者の知的感性をおおいに刺激するだろう。
 次に、国内の事例を豊富に取り入れている。セブン-イレブン、ネスカフェ アンバサダー、スタディサプリ、コムトラックスなどの事例が丹念な取材に基づき整理解説される。過去の成功事例がいかに不確実性の中で企業家としての機会を創出してきたのか改めて深く理解できる。
 最後に、本書の知見は、事業創造に限定されない。「手中の鳥の原則」「クレイジーキルトの原則」などのエフェクチュエーション5原則は起業に活用される原則と誤解されがちだが、その内容が通常の商品開発やマーケティングミックスの推進にも大いに有効であることに気づかされるだろう。
 STPマーケティングに触れたことのあるビジネスマンであれば、その基本的な枠組みにエフェクチュアル・シフトの視座を付け加えることで日々のビジネス活動を進化させられるはずだ。是非自身の業務と照らし合わせながら読み進めてほしい。

Recommended by
株式会社博報堂 JV Studio局長
宮井 弘之 


『ケースブック オムニチャネルと顧客戦略の現在』
近藤公彦、中見真也 編著 千倉書房

  本書の編者は、オムニチャネルを「実店舗、EC、ソーシャル・メディアなどすべての取引/コミュニケーション・チャネルを統合的に管理し、顧客にシームレスな買い物体験を提供する全社的な顧客戦略」と定義づけている。ケースブックとして本書が扱う企業は、掲載順にパルコ、カインズ、サンキュードラッグ、良品計画、ビームス、lululemon athletica、バニッシュ・スタンダード、レリアンの8社である。「まえがき」にもあるように、本書は日本マーケティング学会における産学共同研究の成果としてまとめられたものである。
 限られた紙幅の中で評者が示せる本書の2つの特徴としては、いずれもプロセス管理の重要性に関わるものである。第1が、企業内でオムニチャネルを構築・運営していくプロセスである。オムニチャネルの設計図を描けば、それが直ちに構築され、効率的な運用が始まるわけではない。そこには、技術的な問題だけではなく、導入に当たって社内や取引先の理解を得たり、その利便性を消費者に周知したりするといった課題が存在する。つまり、設計から稼働までに様々な意思決定のプロセスが待っている。第2が、顧客経験を構築・管理するプロセスである。顧客は、企業との接触、情報の入手、商品選択と購買、商品の入手、購買後の企業とのコミュニケーションや返品・廃棄といった場面で、様々なタッチポイントを企業との間にもち、それらのプロセス全体が顧客価値につながるのである。
 ケースメソッド教育では、得てしてマーケティングミックスの提示までが議論の対象となることが多い。しかし、現実には、戦略をどのように実行するか、また、戦略をどのように監視して、微調整していくのかという側面が大きな問題となる。本書は、こうした点が丁寧に説明されており、同じ編者による姉妹書『オムニチャネルと顧客戦略の現在』(千倉書房)を併せ読むことで、その理解が更に深まるはずである。

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青山学院大学 経営学部 教授、慶應義塾大学 名誉教授
髙橋 郁夫