INTERVIEW


協創とは、新たな‟強み”を創ること


新規事業の成功率を上げる手法

 自身の専門性を磨き、アグレッシブなビジネスキャリアを武器に新規事業を切り拓いていらっしゃる4名の方々にお話を伺いましたが、今号を締めくくる意味で、新規事業を成功に導くための経営者像や“強みを創る”協創戦略とはどのようなものか?についても言及しておきたいと思います。 (德田治子 本誌編集委員)

水本 尚宏 氏
東京大学 協創プラットフォーム開発株式会社 パートナー

 東京大学が100%出資する東大IPC(東京大学協創プラットフォーム開発株式会社:UTokyo Innovation Platform Co.,Ltd.)で、IT・サービス系ベンチャーへの投資や起業支援プログラムの運用を担当されている水本尚宏さんに、これまでのキャリアについてや、スタートアップ投資の現状や成功率の高い新規事業立ち上げのポイントなどについてお話を伺いました。

スタートアップにふさわしい経営者像とは?

───水本さんは、昭和シェルからスタートして、現在、東京IPCのパートナーをやっていらっしゃいますが、簡単にこれまでのご経歴を教えていただいてもよろしいですか。

水本 実は私は、学生時代に弁理士の資格を取っているんです。もともと知的財産を使って産業をつくっていくことに興味があったのですが、あまり自分に出願書作成の適性がないなと思っていました。結局そのままMOT(技術経営)分野に進み、そこで、起業の世界に興味が出て、ベンチャーキャピタルとはどういうものかというのを知り、そちらに進みたいなと思い大手ベンチャーキャピタルの大和SMBCキャピタル(当時)に入社しました。そこで5年ほどベンチャー投資をやり、その後、別のグループ会社に転籍してファンドアナリストの仕事を1年ほどやりました。
 ファンドアナリストというのはPEなど投資会社を評価する仕事ですが、私は元々評価している対象のほうの仕事をしたくて金融業界に入った人間のため初めての転職を決意しました。まずは1回事業の現場を知ろうと思い、昭和シェルにビジネスモデルプランナーという謎の役職で採用していただきました。ここでは、最初に決済関係から手を付けて、その後、新電力関係やデジタルマーケティングもやらせていただきました。
 その後、やはりベンチャーキャピタルをやりたいと思っていたのですが、ちょうど東大IPCにファンドができたばかりでしたので、事業会社で培った企画力と投資経験を組み合わせてゼロからベンチャーキャピタルをつくる挑戦ができるのではと思い入社してみたわけです。入社後には「1stRound:ファーストラウンド」という起業支援プログラムを立ち上げてました。これは、19の大学と国立研究機関、22社の大企業が共催する、いわゆるコンソーシアム型のインキュベーションプログラムであり、日本ではスタートアップ創出プログラムとしての地位は確立できていると思います。さらに、シード投資(創業前または創業後間もない企業への投資)やカーブアウト投資(親会社が子会社や自社事業の一部を切り出し新会社を設立する際への投資)を実施するAOIファンド(Accelerating Open Innovation Fund)を立ち上げ、最高投資責任者をさせていただいています。

───お話をお聞きしていると、水本さんはいろいろな視点からたくさんの事例を見てこられたと思うのですが、いわゆるVCやCVCなど新規事業に着手する手法として、どういうノウハウがあるのか、今のトレンドはなにかといった点をお聞かせ願えますか。

水本 まず、新規事業は難しいんですよね。一般に成功率が低いんです。これは日本においても海外においても同様だと思います。それに、新規事業をつくれる人はある意味特殊な人だと思っています。いわゆるアントレプレナーと言われる人ですよね。ベンチャーキャピタルはそういう特殊な人に投資をする、それでリターンを上げるというのが1つのカルチャーとして育ってきました。
 ただ、最近私が思うのは、イーロン・マスクのような天才の領域、まさにアントレプレナーと言うべき人物が新規事業をつくりあげるパターンの他にもう1個あるなと。いわゆるしっかり勉強されて、実業を通じて実力をつけてきた人が起業するというパターンです。今までは前者のほうが注目されていましたが、事業内容によっては後者のやり方も上手くいくよねというところは見えてきている気がします。
 その一つの形として、いわゆるカーブアウトが注目されるようになってきています。大企業での技術開発をベースに新規事業をつくっていくスタイルですけれども、そういう場合は必然的に事業会社でやっていた方が経営者になるケースが多いですね。アントレプレナーと言うにはあまりに常識的な方が多いのですが、業界の知見やテクノロジーのことがわかっていて、ちゃんとプロジェクトを推進できる人を経営者に据えて、ベンチャーキャピタルが経営サポートすることでスタートアップとして独立させていくわけです。あとは、逆にベンチャーキャピタルが大学技術などをベースに会社をつくって、そういう方を一種の「プロ経営者」的に採用してCEOに配置していくカンパニークリエーションという手法も注目されています。これらのやり方は、まだ主流ではありませんが確実に増えてきていると思います。

───水本さんが考える「プロ経営者」にふさわしいスキルやマインドセットとはどのようなものですか。

水本 「プロ経営者」という言葉はあまり適切ではないかもしれませんが、大企業の経営者と、どういう事業になるかもよくわかりませんといった新規事業の経営者は、おそらく全然違うタイプだと思います。もちろん経営者である以上、ヒューマンスキルや最低限のファイナンススキル、新しいことをやっていくための吸収力などのベーシックなところは絶対必要ですが、新規事業における経営者には、優秀な幹部人材を採用できるか、がんがん営業して事業開発できるか、投資家を引きつける人間的魅力があるかといった開拓力のウエイトが高まるように思います。反面、大企業における経営者には、既存の幹部や社員および顧客の信頼・期待を裏切らずに既存ビジネスを発展させていく維持力が重要です。このため大企業の経営者は、スタートアップの経営者には合わないでしょうし、お互いもったいない気がします。

───事業フェーズによって求められる経営者像は違ってくるのかもしれませんね。

水本 おっしゃるとおりです。ただ、どんな経営者にとっても一番大事なのは「ヒト・モノ・カネ」を集め、それを配分することなんですよ。ただスタートアップでは集めることが、大手企業であれば配分することがより重要になります。例えば本当に完成された大企業であれば、経営者が変わっても株価が半分になる、3倍になるなどは普通ないですね。なぜかというと、経営者が今後新規に集めてくるであろう資産よりその会社が長年蓄積してきた資産が圧倒的に大きいからです。しかし、スタートアップの場合は、大体10人くらいの会社ですから、経営者が魅力的か、魅力的でないかで株価は平気で数倍変わります。それだけ経営者自身が今後集めてくるであろう資産のウエイトが高いんですね。まず、経営者がいて、そこにお金と人が付くというわけです。

新規事業を成功に導く「強みをつくる」方法

───大企業が新事業の成功確率を上げていくためには、どのようなやり方がよいのでしょうか。

水本 「新規事業」という言葉が非常に幅広く使われていますね。新規事業という言葉の前に、何をやりたいのかということをもう少し解像度を上げられるといいかなと思います。
 例えば、今までとは違う新たなお客さまに何かをやるのが新規事業だと言ったら、既存商品を海外で売るのも新規事業になります。既存顧客に、既存事業と関係性の深い新商材を提供する周辺事業を新事業と呼ぶ場合もありますし、既存事業とは全く関係ない、本当の新領域を意味している場合もあります。当然ですが、近い領域、周辺事業でやるほうが成功率は高いんです。ですので、大企業の方はまず、周辺事業をやりたいのか、顧客の裾野を広げたいのか、それとも全く違う領域をやりたいのかという点で関係者の共通認識を持ったほうがいいと思います。
 その上でお話しますと、周辺事業や顧客の裾野を広げるといったことであれば、基本的に今の本業の一環としてやればいいと思います。特に何か特別な枠組みは不要かなと思います。一方で、全くの新領域でやるときは、ちょっと工夫が要ります。これは、あまり自分の強みが活きない市場で戦うということなんですね。強みが何もない中でアントレプレナーシップも薄い方がやってみても成功する要因がないですよね。そうすると、成功する要因(=強み)をつくらないといけないんです。よく大企業の方が、何で強みのない市場を攻めるんだとおっしゃいますが、その通りなんです。ただ、それを言うと、新領域は全滅してしまいますので、新領域に行くときは、まさに「強みをつくる」ところからやっていく必要があるわけです。

───「強みをつくる」ためには?

水本 全ての大企業が共通して保有している強みである資金力やブランドと、攻めようとしている領域で強みを持っている人・組織を組み合わせるという発想になります。例えば、ソニーがゲームに行こうとしたとき、最初は任天堂と一緒にやろうとしました。生命保険に出るときはプレデンシャル生命と合弁会社をつくりました。行きたい領域があったら、ノウハウがある会社とアセットがある会社とが組めばいい。強みがない領域に行くのなら強みがあるものと組めば、自分の強みになるんです。
 スタートアップ側としても大企業と組みたいと思っています。大企業と合弁会社を設立すれば信用力が使える、営業力が使える、資金調達でいろいろ有利になるなど、多くのメリットがあるわけです。行きたい領域があれば、その領域に強みを持つスタートアップを活用していくと成功率も高まると思います。
 あと大切なポイントは、すでに上場しているスタートアップと組むという発想です。今はCVC=スタートアップ、未上場企業がメインの対象ですが、私は上場しているスタートアップもカバーしたらいいと思っています。強みを持つ会社を探すのに、なぜ未上場企業に絞らないといけないのかすごく不思議です。スタートアップで上場している会社で50億、200億程度の時価総額の会社は数多くありますから、必要があれば買収、投資、JVも十分に可能です。上場しているスタートアップのほうが未上場企業より資金的な余力もリソースもありますから、少しCVCの対象企業を増やしてもいいのではと思います。

───お互いに組むことで人材育成面でもメリットがありそうですよね。

水本 そうですね。CVCには非常に重要な役割があって、それは経営人材育成という意味です。CVCをやられている方は、スタートアップの経営や資本政策を数多く見て学んでいますから、これは将来的に子会社の経営者や、カーブアウトの経営者を担うためには非常に有益な経験なんですね。新規事業の担い手として、中間管理職くらいに一つの成長モデルとしてCVCを経験させる、スタートアップのゼロイチ(0→1)の部分を見て学ぶ機会をつくるというのは非常に意義があると思います。
 1stRoundでは、本当に経営者が1人しかいないステージの会社を採択し、半年後に成果報告を実施しているんです。なぜそういうやり方をしたかと言うと、まさに1stRoundのパートナー企業である大企業の新規事業部の方々に、スタートアップがゼロからイチになるところを見ていただきたかったからです。まず、起業したときの何もない状況を見ていただいた上で、半年間に何を実施し、結果どうなったかという結果を報告して、我々と議論していただきます。大手の方々にとっても学びになりますし、その変化量を見てお互いよければ提携や投資を実施して頂くことが可能です。

マーケティングとは経営そのもの

───水本さんからマーケティングに関わる機会が多い本誌読者へメッセージがございますか。

水本 私はずっと思っていたのですが、マーケティングという言葉がずいぶん狭義で使われているケースが多いなと。マーケティングの古い言葉に4Pがありますが、マーケティング部門の方がやられているのは、ごく一部の会社を除くと、4Pの一つに過ぎないプロモーションの部分にずいぶん偏っている。それはすごくもったいない。そもそも原点に立ち返ると、マーケティングとは経営そのものだと思っているんです。
 4Pを全部マーケティング概念として捉え、そのPDCAを回す経験を積まれた方々は十分に経営者になるポテンシャルがあると思います。ですので、仕事の領域を広げるという意味も含めプロモーション企画の仕事だけでなく価格や商品設計の決定権があるプロダクトマネジャー的な経験を踏んだ上で、次に経営に行くというのが良いと思います。もちろん、経営者は人を集める、資金を集める、そしてそれを配分するという重要な役割はありますが、そのリソース集め・配分とマーケティングの仕事が経営者の仕事の大部分を占めると思うんです。
 私も昭和シェルの時代、幸いプロダクトマネジャー的な立ち位置で動く経験を持つことができました。事業会社でどういう商品設計にするか、プロモーションをどうするか、プライスをどうするか、どこで売るかを自分で設計して取締役会で承認を取り、そのPDCAを回して改善するのは非常にいい経験でした。 
 人の能力はパズルみたいに組み合わせで真価を発揮するものだと思います。マーケティングをやっていらっしゃる方はすでに良いピースを1個持っているわけですから、いろいろ挑戦して新しい能力を身に着け、真価を発揮してもらえるといいかなと思います。

───大変貴重なお話をありがとうございました。

(Interviewer:德田 治子 本誌編集委員)

水本 尚宏(みずもと たかひろ)
東京大学 協創プラットフォーム開発株式会社 パートナー

京都大学院修了(技術経営学)、弁理士試験最終合格(2004年)。
2017年より東大IPCに参加。IT・サービス系ベンチャーへの投資、起業支援プログラムのプログラムを管掌。大和SMBCキャピタル(現、大和企業投資)にてIT・医療などハイテク分野へのベンチャー投資を経験後、昭和シェル石油に転職。タスクフォースリーダーとして決済プロジェクト、新電力プロジェクト、店舗のデジタルトランスフォーメーションなど、新サービス企画から市場導入まで主導。2017年1月より東大IPCにて再度ベンチャー投資業務を担当しつつ、1stRoundを創設。その後、AOIファンドを立ち上げた。

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