特集


人を中心に考え、無限の可能性を引き出す


レッジョ・エミリア・アプローチに学ぶ、伸びやかな子ども目線の生かし方

Text 関 エレナ
日伊文化研究家/日伊ライター

 近年、子育てに関する本や講演会、海外の教育法などが注目を浴びていますが、今、世界で大きな注目を集めているイタリアの教育法「レッジョ・ エミリア・アプローチ」をご存じでしょうか。現在、140 以上の国々で取り入れられるほど広がりを見せています。
 レッジョ・ エミリア・アプローチとは、無限の可能性を持つ子どもの能力を、最大限に発揮させることに注力している教育法です。子どもの自発性、好奇心、閃き、創造力などを大切にして、保育士や親、地域や自然など、子どもを取り巻く環境と共に、子どもを中心に考え、その能力を引き出していきます。
子どもを教育する立場の人間のみならず、企業にとっても「人が持って生まれた能力を、いかに発揮して伸ばすか」は、個人と組織の成長において必要不可欠なテーマであると考えます。本号テーマは「Simplify」ということで、未来を創る人の能力を引き出すためには何が大切なのか?を筆者が体験した具体的なエピソードも織り交ぜながら見つめてみたいと思います。

小さな都市で誕生したレッジョ・エミリア・アプローチ

 「レッジョ・エミリア」とは、イタリア北部のエミリア=ロマーニャ州にある人口約 17万人の都市で、日本でいうと鎌倉と同じくらいの大きさです。イタリアチーズの王様とも言われるパルミジャーノ・レッジャーノの産地としても有名です。
 私は2020年にイタリア・ボローニャ大学大学院に留学し、レッジョ・エミリアにも実際に住み、現場でその教育方法を学びました。日本では発達心理学を学び、幼児教育や母子間のスキンシップについても研究を重ねました。
 レッジョ・エミリアは第二次世界大戦で被害を多く受けた貧しい地域で、戦後復興の一環として、市民は幼児教育に力を入れていましたが、1963 年に教育哲学者であるローリス・マラグッツィが加わり、その考えのもとレッジョ・ エミリア・アプローチが確立されていきました。

99を奪わないために

 レッジョ・エミリア・アプローチの中心にあるのが、“冗談じゃない。百のものはここにある”という書き出しが印象的な『子どもたちの 100 の言葉』のマラグッツィの言葉(詩)です。子どもたちは 100の言葉を持って生まれますが、学校や社会によって、その99 は奪われてしまうと警鐘を鳴らしています。子どもたちの可能性を奪わないために、教育上、最も重点が置かれているのが「アート」です。
 レッジョ・ エミリア・アプローチの更なる普及を目指して、2006年にローリス・マラグッツィ国際センターが設立されました。文化、思想、年齢、国籍を問わず、全世界から 幼児教育の研究発展を目指して、多くの研究者たちがここに集まってきます。アトリエスタと呼ばれる美術を専門とする先生が、アトリエでの子どもたちの創造活動のサポートを行います。
 私自身、センターに研修で訪問した際にアトリエ体験をしたのですが、時間を忘れて、心の思うままに、作品作りに没頭することができ、完成した頃にはとてもすっきりした気持ちになりました。また、一階には展示スペースがあり、子どもたちの生まれ持った能力が生かされた作品が一つひとつ丁寧に飾られていました。それを見て、自由な発想が奪われずに、そのまま大人へと成長して欲しいと願わずにはいられませんでした。

子ども目線で考える

 私はイタリア人の母親を持つのですが、幼少期からの体験がレッジョ・エミリア・アプローチに通ずる点が多いと感じています。母親から受けた教育の中で得た気付きも交えて、具体的なポイント3つをご紹介したいと思います。

1. 教えすぎないこと ―自主性を育てる―
 子どもが何かに興味を持った時、周囲の大人は最大限に協力しサポートしますが、やり過ぎると、子どもの自主性は希薄になり、長く興味が続かなくなるかもしれません。レッジョ・エミリア・アプローチでは、“やりたい”という新鮮な好奇心を失うことなく物事に取り組むことを大切にしています。
 母親の例をあげると、私が幼少期にイタリア語の勉強をし始めた時、一度も彼女は私に教えようとしたことはありませんでした。ですが部屋にはイタリア語の絵本や教材が常に置いてあって、私が「教えて」と言った時だけ教えてくれました。そして嬉しくなって「もっと教えて」と言っても「また明日ね」と教えるのを止めていました。「なぜ、もっと教えてくれないの?」と残念な気持ちになったのを良く覚えていますが、それは“また明日もやりたい”という気持ちを持ち続けさせるためでした。

2. 褒めること ―自信を持たせる―
 子どもに限らず大人も人に褒められ、認められた経験によって自信をつけていくのではないでしょうか。アトリエスタは、子どもたちの作品一つひとつを「ドキュメンテーション」という形で記録します。特徴としては、最終的に完成したものだけではなく、その過程での話し合いや経験したことを認めて、一緒に記録していく点です。きちんと見守られている実感が、次の新しいことに挑戦する原動力になると考えます。
 私自身、どんな小さなことでも何か出来た時には、母親が常に心の底から褒めてくれました。私が絵を描いたときには、自分が納得いかない作品であっても、母はいつも褒めてくれました。そして家の一番目立つところに飾り、それを見るたびに「素敵だね」「最高だね」「世界一の作品だ」と言って、抱きしめて喜んでくれました。私は母に認められて嬉しくなり、「また作りたい!」という気持ちと共に、次々色んな作品に挑戦していました。

3.責任を持たせること ―責任転嫁しない―
 レッジョ・エミリア・アプローチの根底には、子どもの個性や各自の意志を尊重する精神があります。子どもには、些細なことでも、自分自身で何をするのか最終決断をするように経験を積ませます。その結果、何か問題が起きても「自分が決めたこと」に最後まで責任を持って向き合うようになり、責任転嫁はしなくなります。このスキルは、特に仕事をする上でも重要であると考えます。各々が自分の仕事に対して責任感を持つことで、より真剣に物事に取り組む姿勢が培われていくのではないでしょうか。
 例えばある真冬の日、幼稚園児の私は夏服の派手なスカートの下にジャージを履いて、左右違う髪ゴムといった服装で登園しようとしたことがありました。このような姿を見れば「そんな服装で行くと笑われるからやめなさい。着替えなさい!」と叱るのが一般的かもしれません。ですが母は「この服装で行くと、皆から笑われるかもしれないよ。家を出る前にもう一度鏡で自分を見て、それでも良いなと思ったら、そのままで行こう」と言って考え直す機会を与えました。しかし、私は再び鏡を見て、「うん。この格好で行きたい!」と言いました。母は「よし、あなたがこの格好で行きたいと決めたならそれで行こう。でもその代わりお友達になんて言われても自分が決めたことだから責任持ってね」と私の決断を尊重してくれたのでした。

多様性ある社会で、伸びやかに生きるために

 レッジョ・ エミリア・アプローチを通じて、一人ひとりが持つ100の言葉に愛を持って向き合うことが大切であることを学びました。私自身、その姿勢を母から身をもって教えてもらいました。
 グローバル化が進み、様々な国の人や考え方・価値観を持った人と関わることが多くなった現在、自分の“言葉”に自信を持ち、前に進む力を持った人材が、今後の日本社会でも求められていくのではないでしょうか。
これから教育を受ける子ども達だけでなく、このアプローチを知った大人も、今の生活に取り入れられる場面はたくさんあると思います。私の経験が、皆さんのお役に立ち、日本社会の発展に少しでも貢献することができればたいへん幸せに思います。

関 エレナ(せき えれな)
日伊文化研究家/日伊ライター

1997年東京生まれ。日本人の父親とイタリア人の母親を持つ。日本とイタリアの文化・価値観の両方を融合した教育を受けた家庭環境で育つ。青山学院大学教育人間科学部心理学科、首席卒業。人の成長においてスキンシップの重要性について研究を重ね「日伊の母子におけるスキンシップ(身体接触)のあり方〜子どもの加齢に伴う量的変化の検討〜」が取り上げられ出版される。現在,2024年出版予定で同研究論文続編を執筆中。
2020年、イタリア・ボローニャ大学大学院に留学し、イタリアの食育や発達心理学について学び、修士論文では日本の伝統食である「お節料理」について発表。現在、日伊の懸け橋として活躍中。