感動業から見える未来


(あした)

特集案内

by 本荘 修二(本荘事務所 代表、本誌編集委員)

 感動、そして感動に代表される顧客の心がますます大切になっていますが、企業やマーケターは、これに対応できているでしょうか? むしろ、その逆の行動パターンに陥っていることが多いかもしれません。ハートが論理回路に置き換わっているようでは顧客の心はつかめない。そんな危機感を持ってしまいます。

モノからハート/感動の時代に

 従来のマーケティングは、企業がいかに消費者に製品を売るかに終始していましたが、マーケティング3.0は、スピリットや共感を重視した価値の重視を説き、これからはマインドとハートを持つ全人的存在である消費者たちと世界に価値を共創していくことが、企業の製品が売れることにつながる、と訴えています。
 マーケティングはかつて配給論として日本で教えられましたが、そんなモノがない時代から飽和した、モノが売れない時代になりました。昔は、便利、不自由をなくすということに価値と需要がありましたが、いまやハッピーになる、共感するといった価値へ重心が移りつつあります。また、様々な産業がサービス化・ソフト化するといわれ、特にコンシューマービジネスでは、顧客の心にどうアプローチするかが問われるようになっています。
 例えば、日本を代表する大企業の一つ、ソニーは感動をパーパスとして打ち出していますが、これに限らず、様々な分野でモノ→コトへのシフトや顧客体験の重要化がいわれています。また、リピート顧客の獲得はかねてより重要といわれていますが、さらにファンを増やし、ファンがファンを生むファンベースを築いていくことの大切さが注目されています。

理屈に支配された組織

 ビジネスをする上で、顧客がどのように思うか、感じるかが重要です。コンシューマーは、多くの場面で非論理的に行動します。それに向き合わずにビジネスをするのはおかしいと思いますが、どうもそれが現実のようです。
 ある大企業マーケターはつぶやきます。「ウチも感動CMといわれるようなものをつくっていますが、社内では賛否両論です。視聴者に少しでも覚えてもらうためには感動のエッセンスが必要だと思いますが、感動しない社内の人は反対するわけです」。
 これは多くの企業で起こっていることではないでしょうか。

社内では論理的に説得する、稟議を通すということが主になっています。広告会社など外部がクライアントに提案するときも、理屈で説得することになります。すると、感動といったエッセンスがそげ落ちてしまいます。その結果、ユーザーやマーケットとは乖離してしまいます。ビジネスコミュニケーションが論理や理屈に支配され、感じる力が減退した人ばかりでは面白いことはできないでしょう。そもそも、大組織という合議体で、感動やそれを起こすクリエイティブがまっとうに生み出されるか、活用できるか、疑問であり、大きなチャレンジでしょう。

感動を呼び起こすには

 アートは予定外のものが加わるから感動になるといいます。イノベーションは新結合といいます。試行錯誤や工夫をしてこそ、ヒットするような感動が生まれます。言い換えれば、100%感動させることなど無理な話です。つまり、クリエイティブは実験的な要素を持つ、いわばロングテールなのですが、多くのマーケターはその逆(マジョリティ狙い)のままかもしれません。説得材料にしやすい前例や他社事例、過去のデータに頼りがちのようです。
 例えば、米国のシューズやファッションのオンライン小売で、強力無比なファンベースを築いているザッポス(Zappos)は、社員に権限移譲し、様々なトライからワオ!と顧客が感動し口コミで広がる体験を創出しています。こうしたやり方は、一般の大企業ではなかなか真似できないことです。つまり、自由を尊重し、挑戦を奨励する企業文化がなければ、感動を生むことは難しいでしょう。
 人については、無難な優等生ばかりでは感動は生み出せないでしょう。尖った人、ちょっと変わった人、面白い人、普通でない人たちが活躍できることが大切です。これは、筆者が専門の新事業・イノベーションでも同じことがいえます。多くの日本の大企業が低落傾向なのは、人と人の活かし方に原因の一つがあるでしょう。

エンタテインメントという感動業から学ぶ

 エンタテインメントを自分のビジネスとは別世界の「業界」と思っている人が多いでしょう。しかし、感動業という視点から学ぶことは山ほどあります。例えば、筆者とともにベンチャー企業のリライアンス・データ社のアドバイザーを務める中西健太郎氏は多くのスター育成に関わってきましたが、同社とともにビジネス・プレゼンテーションの指導でも成果を上げています。人の心をつかむ・動かすノウハウがあるからです。
 本特集では、感動を提供することを生業とする方々、ドラマや映画、舞台、そして音楽のスーパープロデューサーのお二方と、自分自身をプロデュースするエデュテインメントアーティストの方に話をうかがいました。
 なお、独創を追求するクリエイターでなく、クリエイターやアーティスト、俳優たちとビジネスの両方をつなぐプロデューサーのお話は、エンタテインメントとは異なる業界の方にもわかりやすい内容かと思います。
 ビジネスモデルや戦略、そしてリピーターやファンづくりについては、広い分野で参考になるでしょう。そして、顧客の気持ちがわかっているのか、あらためて問いたいものです。
 お客様のハートをとらえるには、つくる・提供する側の心や人のマネジメントが大切です。人の育成や教育などについても、インパクトのある意見をうかがえました。
 そして、常日頃よく探究し学び、新しいことに挑む、姿勢と努力について、それぞれの経験と考え方をうかがえました。失敗も良しとし、行動し続けることが不可欠です。
 また、価値観やパートナーシップなど、生き方の刺激になるような話も一部あります。
 そして、ユニークな活動からグローバルへ展開するエデュテインメントアーティストの方には、個人が自らオリジナルな道を切り開き、新たな分野を創造し、20年を超えて発展し続ける姿をリアルに話していただけました。小さな革命はあなたにも起こせる、それがたくさんの人々や世界へと広がるかもしれない、と勇気をもらえるでしょう。
 もし興味を感じたら、どなたかと一度プロジェクトをしてみては、あるいはアドバイスをお願いしてはいかがでしょう?

イラスト 小田桐  昭