INTERVIEW


日本を活性化する市場創造力を磨こう


新市場を創造するための理論と方法論

梅澤 大輔 氏
商品企画エンジン株式会社 代表取締役
株式会社日本能率協会総合研究所 客員研究員
一般社団法人市場創造学会 研究特別顧問

 米調査会社CB Insightsが作成した世界のユニコーン企業リスト1,200社以上の中には、残念ながら日本企業は7社しか入っていないとされています。ユニコーンはまず99%、市場創造をしているわけですから、いかに日本企業の市場創造力が不足しているかがうかがえます。現在の日本のマーケティングにもっとも求められている市場創造の意義や重要性について、市場創造学会の特別顧問でもいらっしゃる梅澤大輔氏にお話を伺いしました。

ロングレンジで売上を生み続ける市場創造型商品

───企業が成長していくためには新しい市場を創るという方法もありますし、既存市場の中でシェアを上げるという方法もあります。梅澤さんはかねてより市場創造の重要性を強調されておられますが、まず、市場創造の重要性についてどのようにお考えでしょうか。

梅澤 企業も消費者も気づいていなかった領域に新たな市場ができる、今無いところに新たな市場が創造されるというのが、まさに市場創造になります。ということは、新たな需要がプラスされて新たな市場が創出されるということを意味します。
 天ぷら油処理剤「固めるテンプル」は、それまでの“手を汚しながら新聞紙に油を吸わせて牛乳パックに詰める”という煩わしい作業を不要にして、”油をつまんで捨てられる”という新たな需要を生み出しました。今までタダで捨てていた行為に、主婦が皆喜んでお金を払って買ってくれるということで、まさに市場創造の典型的な事例です。
 市場創造は商品だけでなく、たとえばコンビニやUber Eats等のサービスも同様です。市場創造によって新たな雇用も創出され、最終的には日本経済をより活性化させるための根本的な要因になると思います。

───市場創造の社会的な意味合いは理解できましたが、一企業として見たときに、市場創造するというのはとてもリスクが大きくはないですか。やはり既存市場に入っていくほうが手堅いように思われるのですが。

梅澤 一企業という単位、企業の経営的な視点で見ても、市場創造の重要性は変わりません。売上げや事業規模の拡大が企業の重要な視点なわけですが、新市場を創ると、10年、20年、30年とヒットがずっと続いていきますから(いわゆるロングヒット商品)、その商品がずっと新たな売上げ、利益を生み続けてくれることになります。
 ご指摘のように、既存市場の中で新たな商品を投入していったほうがいいのでは、と考えるマーケターも多いと思うのですが、これはすでに2001年の段階で否定されています。梅澤伸嘉博士(氏のお父上)の研究結果として、新市場に先発参入した商品の2つに1つが10年経ってもナンバーワンを保っているという圧倒的な成功率(50%)を明らかにしました。さらに、参入後もその市場の代名詞になっているため、後発大手が参入してきても、シェアナンバーワンを維持できていることも判明しています(例えば、カビ取り剤と言えば「カビキラー」)。
 逆に、別の研究によると、既存市場に後発参入してシェアナンバーワンになれた商品は、200個に1個しかないという結果も得られています。これはスーパーコンピュータで計算されたものです。もちろん、世界的な大企業が圧倒的な販売力と広告出稿でナンバーワンを取るという例外はありますが、基本的には大企業であろうが、中小企業であろうが、商品開発をやろうとなったら新市場を創ることを目標にしないと成功できないという結論になるのです。

市場創造の基本的な考え方

───市場創造の重要性をさらに理解するためには、この分野での第一人者である梅澤伸嘉博士のお考えを知っておく必要がありそうですね。

梅澤 梅澤博士は、自身がヒット商品をつくれず失敗の連続で大変な苦汁をなめてきた経験から、他の企業や商品についてさまざまな調査・研究を重ねていました。その結果を、理論的に構築し自ら企業現場で検証をして理論化していったのです。その研究の中の、代表的な5つの理論と手法を簡単にご説明しましょう。
 1つ目が、「C/Pバランス理論」です(図1)。これは、売れる商品とは何かということを端的に説明する理論です。CとPは、コンセプトとパフォーマンスで、双方がバランスする理論ということです。ここで言うコンセプトの定義は、ものを買う前、体験する前に“欲しい”と思わせる力。コンセプトの力が強いということは、それだけ多くの人が欲しい、ぜひ買いたいと思わせる力のことです。それに対して、Pは商品パフォーマンスの略ですが、買った後、買ってよかったと思わせる力と定義されています。
 CとPは、それぞれスコアで表すことができ、CとPがともに高ければ成功商品になるということになります。初回トライアルで買った人たちが期待以上だった、感動したとなると、今はSNSでパッと口コミが広がり、さらに買い求める人が増えるわけです。逆に、Pがそれほどでもなければいくら広告をうっても売り上げの減少は止められません。
 ですから、CとPは発売する前段階でそのスコアを測定できれば成功する可能性が飛躍的に高まるので、経営者側の一番のメリットになります。売れるためのCとPが整っていなければ、そもそも市場創造できません。競合がたくさんいる商品では市場創造はできませんということです。このようなC/Pバランス理論はもっとも基本的な考え方になります。

図1  C/Pバランス理論の概念図 売れる商品とは何か

出典:『市場創造研究』(2020年度研究論文集/第10巻)2021年3月 梅澤伸嘉・梅澤大輔

─── 一般的な商品開発部が言う商品コンセプトとは全然違いますね。

梅澤 そうです。単なるアイデアということではありません。ここで言う商品コンセプトとは、市場を創るための概念と言ったほうがいいでしょう。
 市場を創るということは類似品がありません。ベンチマークもお手本もない。消費者のニーズや気持ちもわからない。だからこそ商品コンセプト開発が市場創造には不可欠なのです。何もないところに、コンセプト(イラスト付き説明文)という形で提示されれば、欲しい、欲しくないというニーズが明確になり、潜在していたニーズを顕在化できるわけです。

───潜在ニーズを顕在化させるわけですね。

梅澤 ニーズに関しては2つ目の理論で解説します。これは「未充足ニーズ理論」といいます。市場を創造するためには、今顕在化しているニーズを相手にするのではなく、企業も消費者も気づいていない潜在ニーズに応えなければいけません。どんなニーズに応えたら売れるのかということを説明した理論になります。
 こちらもC/Pバランス理論と同じように、ニーズの強さと未充足度という2つの軸で説明されています。縦軸にニーズの強さ・弱さの度合いを取ります。これこれしたいと強く思う人がたくさんいればニーズが強いと定義されますし、そのような人がほとんどいなければニーズが弱いとなります。また、横軸には未充足度を取ります、これこれしたいと強く思ったときに満たす手段がなければ未充足度が高い、いくらでも手段があると未充足度が低いことになります。全ての新商品(コンセプト)は、二つの軸で示される4象限のどこかにプロットされるわけです。
 となりますと、潜在ニーズというのは、強いニーズで未充足度が高い領域となります(天才コンセプト)。これに対して、他社がヒットさせた、うちがやっても強いニーズがあるのだから売れるのは間違いない、うちもやろうと発売してしまう、未充足度が低い領域(凡人コンセプト)に、ほとんどの新商品が該当します。また、技術寄りの企業がよくやりがちで、うちの技術は世界初だからこれを満たす手段がないよね、ということは未充足度が高いよね、と考えたのですが、実はそもそもそうしたいと思う人がほとんどいない変人コンセプトとなります。
 すなわち、多くの企業はニーズの強弱という点には注目するのですが、未充足度という視点がないのです。満たす手段がないというところのチェックがなく、ニーズがある、じゃ、開発しようと動機づけられてしまう。ユニクロやユニコーン企業では、“唯一”という未充足度の視点が経験値的にあるのです。ニーズに応えさえすれば未充足度が高いもので新市場ができる、と考えるわけです。

図2 未充足ニーズ理論(1986年) どんなニーズに応えたら売れるのか

出典:『市場創造研究』(2020年度研究論文集/第10巻)2021年3月 梅澤伸嘉・梅澤大輔

───「C/Pバランス理論」も「未充足ニーズ理論」も説得力のある指標だと感じましたが、これらが冒頭でご紹介いただいた市場創造の考え方につながっているわけですよね。

梅澤 その通りです。3つ目の理論は「新市場創造理論」です。冒頭に申し上げた市場創造の重要性と重複してしまうのですが、梅澤博士が日本のあらゆる223市場を調べた結果として発見されたものとなります。
 すなわち、市場を初めて創った商品は、ほとんどが10年以上のロングヒット、シェアナンバーワンとなりますが、それに対して、後発参入した商品はいくら広告宣伝をしても終売してしまっており、10年以上のロングセラーになれなかった、0.5%しか後発参入は成功できないという結論に至ったことになります。

───市場を初めて創った商品にはなにか定義があるのですか。

梅澤 新市場創造理論では、商品開発の対象は消費者の生活上の問題だとしています。新市場を創造した商品かどうかは、消費者、ターゲットの生活上の問題を解決したのか否かで判定しました。生活上の問題を解決した初めての商品であるものを新市場創造型商品、それ以外を後発商品としたのです。
 多くの場合、企画マン、開発マンは、まず新商品や売れている商品のあら探しをします。結果、小さな小さな、消費者側、使い手からするとそこまで意識はしていませんけど、というところを見つけてきて、先発のA社には無いところですと強調して、差別化戦略で入る。結局その段階ではそこを解決しても生活上の問題にはならないので市場は創造できないわけです。
 では、どういうものが生活上の問題なのか。たとえば、天ぷら油処理剤「固めるテンプル」は使用後の油の後始末の面倒くささや手の汚れ、「カビキラー」は風呂場の黒ずみ(かび)をごしごしタワシでこすっても落ちないイライラさ、「サンスタートニックシャンプー」は女性用シャンプーか石鹸で洗髪していた男性の気分までは全然すっきりしないじゃないかという不満を、商品自体の問題を超えて解決しました。これらがまさに生活上の問題、大きな不快です。

図3 新市場創造理論(2001年) 商品開発の対象は消費者の「生活上の問題」

出典:『10億アイデアのつくり方』(2023年 日本経営合理化協会出版局)

───市場創造のための元となるニーズやコンセプトを発見していく方法論について教えていただけますか。

梅澤 代表的な方法論が二つあります。
 一つは、「キーニーズ法」と呼ばれているものです。これは、新市場創造型商品をゼロから開発していくための発想法です。その発想の流れは、鍵となるニーズをまず発掘する(なのでキーニーズ法と言う)わけですが、鍵となるニーズを発掘する潜在ニーズ発掘というプロセスと、発掘した潜在ニーズを達成するアイデア発想のプロセスの二つに大別されます。
 世の中にはKJ法など、商品をいかに安く、いかに品質を高めるためにどうしたらいいかといったHow toの発想法は多数存在しますが、しかし、何を創ったら売れるかというWhatを見つける発想法はどこにもなかったのです。世初初の商品コンセプト開発法と言われています。
 もう一つの手法は、S-GDI(システマティック・グループ・ダイナミック・インタビュー)です。これは皆さんもよくご存知のグループインタビューと言われている方法論ですね。通常のグルインでは、質問フローを考え、司会者がその裁量で参加者に問いかけ、何週間もかけて報告書を作成する。しかも高額な費用も掛かります。S-GDIは、企画と司会と分析で三位一体というのが基本にあって、まず企画(質問フロー)が目的別に決まっているので、司会者は質問フローにそって話題を提示して、質問するのではなく、参加者の自発的な話し合いを促します。分析のやり方も所定のフォーマットがあるので、グルインの専門家でなくても誰でもそのままやれば基本的に妥当な結論づけが可能になっているのです。このように市場創造を目指す企業自ら実践できる手法なので、高い費用も発生しません。安くできる、誰でもできる、早くできるという大変すぐれた方法といえるでしょう。

左/梅澤 大輔氏 右/河野 安彦

一つでも多くの市場創造型商品の誕生へ邁進してほしい

───大変興味深い理論と手法ですね。市場創造理論の研究に深く携わってきた梅澤さんが現在の日本のマーケティング界に伝えたいことがありますか。

梅澤 まず、商品企画・開発部門の方々に対しては、新商品開発をするのであれば、すべて新市場創造型商品を開発するということを目的にしてほしいという点です。すべてのケースにおいて、そのようにしてください、というメッセージを伝えたいです。
 マーケティング部門の方々に対しては、新市場創造型商品を開発・導入していくプロセスでさまざまな壁が立ちはだかるわけですが、それら壁の9割が社内にあります。事例がない、前例がないといったように、新市場を創るというのはまさにいばらの道なのです。しかし、そこをマーケティングの力で社内の壁を取り払っていただき、一つでも多くの新市場創造型商品が世の中に誕生するように推進していただきたいと願っています。

───経営者の意思決定というのも重要なファクターになりますね。

梅澤 もちろんです。最終的には、経営トップ自らが新市場創造型商品の重要性を理解していただいて、全社的にその開発をめざそうという大号令をかけていただきたいです。まず、トップが本心でそう思っていただくことが、マーケ部門や企画・開発部門の責任者、担当者にとっても追い風になります。
 経営判断ということですと、特に中小企業の場合は有利にはたらくかもしれません。経営者自身が、新市場創造型商品の開発にチャレンジできる組織、風土、人事・評価制度を比較的容易にしかも素早く変革することができます。大企業ではなかなか難しいところですね。
 マーケティングの力でどこまで実現できるかは未知数ではありますが、日本社会や経済の活性化のためにと考えていただければ、経営者の意識や制度も柔軟に適応できるのではないでしょうか。

───本日は貴重なお話をありがとうございました。

(Interviewer:河野 安彦 JMA国際部長)

梅澤 大輔(うめざわ だいすけ)
商品企画エンジン株式会社 代表取締役
株式会社日本能率協会総合研究所 客員研究員
一般社団法人市場創造学会 研究特別顧問

大ヒット商品を次々と生み出した天才マーケター梅澤伸嘉氏の後継者として、梅澤式商品づくり(キーニーズ法)を専門に指導する唯一のコンサルタント。
北海道大学大学院地球環境科学研究科を卒業後、岩谷産業(東証プライム)を経て、伸嘉氏が創業したコンサルティング会社に入社。キーニーズ法を企業内に定着させる教育プログラムを構築し、さまざまな企業のコンサルティングを10年間おこなう。キーニーズ法を導入した国内外の企業からは、新カテゴリーのヒット商品・サービスが誕生し成果をあげる。
2011年、梅澤式の商品企画を継承するために伸嘉氏と二人で商品企画エンジン㈱を創業。梅澤式商品づくり(キーニーズ法)を進化させながら、10億円規模のビジネス創出を本気でめざす企業に、潜在ニーズ発掘による商品化・事業化のコンサルティングをおこない、現在に至る。著書に、『10億アイデアのつくり方』(2023年 日本経営合理化協会出版局)がある。