第7回
閃くシーンとは①
─発想からの視点─

Something New

 皆さんは日常の中で、どのような時にどのようなシーンで︽閃き”を感じるでしょうか?人によってさまざまなシーンで閃きがあることでしょう。アイデアや新しい考えが閃くシーンは、内側から「発想が生まれる」場合と外部から「着想を得る」場合の大きく2つに分けられます。今回は「発想が生まれる」シーンについて考えてみたいと思います。

三上(さんじょう)

 今から約千年前の中国北宋時代の思想家の一人として知られた欧陽脩(おうようしゅう)が、閃きなどの良い考えが生まれる場所として「」をあげています。三上とは、鞍上、枕上、厠上をさします。鞍上とは馬上のことで今で言う乗り物の中ということです。枕上とは就寝時のこと、厠上とはトイレの中ということになります。なんだか今でも十分通用しそうですね。
 この古典的な三上に対して、現代では三中、3Bなどの表現があります。三中とは、寝中(寝床の中)、歩中(歩きながら)、車中(電車やクルマの中)を意味します。また3Bとは、Bath(風呂)、Bus(乗り物のバス)、Bed(寝床)をさします。いずれも3つの場所なのは、やはり欧陽脩の三上の影響でしょうか。
 このように閃きを得やすい場所やシーンとしては、寝床、入浴、散歩、トイレ、乗り物の中などがあげられます。他者との会話といった外部からの着想を得るシーンについては、次回取り上げてみたいと思います。

閃きのエピソード

 閃きのエピソードについて一度は聞いたことがある例をあげてみましょう。アイデアが閃くシーンと言えば、古代ギリシャ時代のアルキメデスの「エウレカ(Eureka)」があまりに有名ですね。王の命により王冠に不純物が入っていないかを見つける難題を求められた彼は、いろいろと模索する中でたまたま風呂に入って溢れるお湯を見て閃きを得て、「エウレカ」と叫びながら飛び出したという逸話です。
 また三上にも登場するトイレの中というのも、閃きを得やすい場所としてよく知られています。ノーベル賞を受賞した湯川秀樹博士はトイレの中に書架を作らせてよく本を読んでいたと言われています。家の中でも隔離空間となり一人になれるシーンが、閃きを生みやすい環境だったのでしょうか。
 発想のゆりかごと呼ばれる寝床については、就寝前後の意識がある状態と夢からの閃きのように無意識な状態との2つがあります。夢からアイデアのヒントを得たエピソードとしてよく知られているのはドイツの化学者アウグスト・ケクレの例です。ベンゼンの構造式を探っていたケクレは、ある夜に蛇がとぐろを巻く夢から環状になったベンゼンの構造式を見いだすことに成功します。
 就寝前後では、すがすがしく目覚めたベッドの中で相対性理論の閃きを得たアインシュタイン、ベッドに横たわってぼんやりとしている時に長年解けなかったフックス関数の存在を証明する閃きを得た数学者ポアンカレなど、例をあげるのに枚挙に暇がありません。

散歩と閃き

 閃くシーンとしてよく知られている散歩については、古来から思想家、哲学者などが散策しながら思考や思想の新しい発想を得ていました。京都にある哲学の道は琵琶湖疏水の小川にそって1.5キロほど続く散歩道で、哲学者の西田幾太郎や田邊元らが散策しながら新たな思考や思想の閃きを得ていたと言われています。
 散歩や歩きながらのコミュニケーションが新しい閃きやアイデアを生みだすきっかけになることは、古代ギリシャ時代のアリストテレスのにそのルーツが見られます。
 アリストレテレスの学園(リュケイオン)の講義や議論も歩きながら行ったと言われており、歩くことと思考することとは関連性があるのかもしれません。
 またドイツでは既に300年前から「散歩学」という学問があり、散策しながらの思考や会話が新しい考え方を生みだすことはよく知られていました。この考え方は現在では活気ある創造的なコミュニティのまちづくりの一環として、散策しやすい遊歩道を積極的に取り入れるなどの行政の施策にもなっています。

発想が生まれる背景

 これら発想を得るシーンに共通している点は、一人であること(散歩など複数の場合もありますが)、リラックスしていること、タブララサ(空白であること。*前々回の第5回を参照)の状態であることがあげられます。つまり課題一辺倒の思考状態ではなく、課題から離れて思考が空白に近い状態であるということです。そこには新しい考え方や見方が入り込む余地があるということになります。意識的思考の中ではあるけれど、課題については離れていて無意識的思考となっている点に注目です。無意識下の夢の場合も、これに準じます。
 課題から離れて白紙に近い状態になっていること、気を配る他者がいない一人であること、休息して心理的にリラックスしていることは、言い換えれば副交感神経が優位な状態になっているということです。
 新しい発想を生みだすには、課題については意識を向けず、タブララサであり、リラックスしていることが大切です。

中島 純一
公益社団法人日本マーケティング協会 客員研究員