INTERVIEW


社会における主体意識と達観


─アセアンのZ世代─

 Z世代はいまや世界共通の話題。本稿では博報堂生活総合研究所アセアン(HILL ASEAN)の伊藤祐子さんにお話をうかがいました。
まずはアセアンのZ世代で何が最も印象的でしたか。

 今回、アセアン6カ国の高校生と大学生、そして新社会人の方々にお話をうかがいました。上の世代と比べて、私たちが想定していた以上に社会や環境課題に関して多くの知識を持ち、これらの課題に対して、自分たちでなんとかしなければと思っている様子が印象的でした。上の世代がつくってきた豊かさの恩恵を理解しつつも、そこで生まれた負の側面、たとえば環境問題や貧富の格差拡大などの問題に対して、自分たちこそが連携してソリューションをつくり、世の中を良い方向に変えていこうと強く考えています。

 社会的課題に対するその意識の原動力や動機、また日本との違いやアセアン諸国間での違いはあるのでしょうか。

 SNSを通じて国を問わず世界中のニュースがリアルタイムで入ってきます。アセアン各国でも問題は山積しています。アセアンのZ世代はこれらの情報やアクションを起こしている同世代の活動に触れることで「自分たちは何ができるのか」と考える機会が多いようです。
 現在私はタイにいますが、昨年盛んに行われた民主化を求めるデモでは、学生が主体的に関わっているものもあり、政府や王室への批判に及ぶこともありました。社会人だと生活の安定や社会的立場が優先され、不満があっても表立って言いにくい現状があります。その点、学生は実直にタイの未来を考えた行動を取ることができます。台湾や香港の民主化運動に従事している若者とSNSで繋がり「ミルクティー同盟」を結ぶなど、国を超えた同世代の行動が刺激になっています。また、SNS上で意見を交わし合うことも日常です。口論や揚げ足取りではなく、私はこう思う、僕はこう思う、というやりとりを通じて自分の考えを洗練させているように感じます。
とはいえ、その傾向が表れたのはミレニアル世代の終わり頃からです。アセアンにおいては、従来、家族の絆や家族からの「こうあるべき」が強く、親の言うことには従うものという文化でした。しかし、今では自由に生きることを望まれたり、自分の意見を持つように育てられているようです。
 日本と大きく異なる点は、社会課題の中に生きているか否か。アセアンの中でも先進国であるシンガポールは日本と傾向が似ていて、自分たちがそこまで社会のために頑張る必要はないというクールな姿勢が見られます。GDPも比較的高く経済的に発展していて、街もキレイで、そこまで深刻な社会問題がないように見えるからです。
 アセアン諸国間でもそれぞれのZ世代の関心事は違います。タイやインドネシア、フィリピンなどは、環境課題や政治に関して「自分たちの世代で社会をなんとかしなくては」という思いが強いのですが、マレーシアやシンガポールでは、社会より自分自身の課題に意識が向いている傾向が見られます。

 HILL ASEANが2021年に発表したZ世代レポートを拝見し、彼ら彼女らの「達観」具合を底流に感じました。既に人間としてできあがっているかのようで、この世代が社会の主役になる頃には争いごとなど起こらない平和が訪れる、そんな希望をも感じました。

 確かに達観していますよね。50~60代あたりで到達するような俯瞰の視点を既に持ち、心の健康にもしっかりと向き合い、その処し方も持つ「大人な若者」という印象です。ミレニアル世代がSNSで目立ちすぎて炎上したり、同世代の人が心の病で苦しんでいる姿を見ているので、自分自身のメンタルケアを大事にしているのでしょう。成功を勝ち取るために頑張り過ぎるより、自分自身をもっと大事にし、健やかに生きていきたいようです。
 先ほど「SNSで意見を交わし合う世代」と言いましたが、彼らは自分の意見を表明した上でお互いの違いも受け入れ、みんなで手を取り合って生きていこうという気持ちがあります。Z世代にインタビューをした際、「周りと協調したい(ハーモナイズしたい)」というキーワードがよく聴かれたのが印象的でした。それは身近な人やコミュニティから始まり、この地域やこの国を自分たちの世代でどう良くしていくか、どう生きやすくしていくかという思いにつながっています。
 若い頃に備わった価値観は大人になってもドラスティックに変わることはないと思うので、ハーモナイズ重視の価値観は今後も続き、時間を経て、上の世代の社会的影響力が弱くなれば、彼らアセアンのZ世代が新しいソリューションで世の中を良くしていくだろうと希望を強く感じます。

 社会に対する連携と同時に、家庭という内側にも意識が強く向いているように感じます。レポートの中で紹介されているアセアンのZ世代の「家族が誇りに思ってくれる自分」「家族が喜んでくれる職業」など、強い家族志向と保守的な職業観が強く表れています。

 お金を稼いで富を得ること以上に家族の絆を大事にし、家族の安定や安寧を大切にしています。家族の面倒を見合うのはお互いさまであり当たり前、この感覚はアセアンでは代々続いている価値観です。
 しかし、将来については新しい流れがあります。恐らくZ世代の親世代が上の世代の意向で縛られていた反動で、自分の子どもたちには自分の好きな道を進むのが一番と伝える親が多いようです。
 もっともZ世代の「自分の好きな道」は「家族の役に立つ」「家族の幸せあってこその自分の幸せ」ですから、公務員になって安定した仕事・社会保障・家を得て両親に喜んで欲しいという希望を持つZ世代が、インタビューをした中でも多かったのが印象的です。公務員が手にする保障が充実していることもありますが、同じ公務員志向でも日本とは内実が異なります。
 安定志向もとても強く、冒険はせずにできることを冷静に見計らい、「ここまでならいけそうだから努力しよう」と成果が確実に得られそうな努力を選択する傾向が見られます。ミレニアル世代が途方もない目標を立ち上げて「自分はこうなる!」と意気込むものの、結局到達できずにいる様子をSNSなどで目にすることもあるため、「自分は着実にいこう」と身の丈に合った範囲で努力を続けます。私自身はミレニアル世代なので高い目標を掲げて邁進し、それを「頑張ってる自分はかっこいいでしょ」と周囲に見せたくなるものですが、Z世代にとっては「到達できない目標を打ち立てる無謀な人」と映るかもしれません。
 ここでもSNSが関係しますが、SNS上では自分と同じぐらいの年齢や経済レベル、能力を持った人の頑張りもわかります。ならば自分もここまでならできるかも、とSNS上でお手本をたくさん見て、多くのシミュレーションを重ね、効率的に成功に近付くことをうまくやっています。これは日本も含め、世界共通の傾向だと思います。

 日本では失敗が許されにくい社会風潮が強まり、生きづらさがたびたび取り上げられています。アセアンのZ世代を取り巻く社会はどうなのでしょうか。

 とても寛容で、再チャレンジもしやすいです。特にタイでは間違いを犯した人を許すことが非常に徳の高い行為とされます。コミュニティ全体が優しく、失敗しても「お互いさま」と言ってくれる共同体や、失敗しても支えになる宗教の存在があることも心強いと考えられます。アセアン全体を見ても「大丈夫だよ」「次に頑張ればいいじゃないか」という社会が多いです。
 日本は同調圧力が強く、「普通」のレールから外れてはいけない、ドロップアウトしてはいけないという暗黙の了解を誰もが持ち、「あるべき論」が強いうえに、島国ゆえに他の場所に逃げることもしにくい。
 日本の若者はそのような社会の中で生きるため、自分と周りの居心地の良さを求める傾向があると思います。周りと歩調を揃えながらちょっとだけ自分の個性を出し、親しい人たちと幸せにつつがなく生きていくという生活にはそこそこ満足を見出しているのではないでしょうか。

 最後に消費に関する価値観について。Z世代というと環境意識が高くエシカル消費にも積極的という話をよく聞きますが、周りにいる日本のZ世代を見聞きしていると果たしてそこまでかな、とも思います。

 環境にいい、エシカルだから、という理由だけではなく、多岐にわたる要素を吟味しています。例えばエシカルなブランドなら、立ち上げたオーナーのどのような意志が込められているのか、その開発ストーリーは周りにシェアしたくなるほど魅力的か、インスタ映えするデザインか、他の人からも素敵だと認められるレベルか。単純に「環境にいいものなら何でも手に取るの」ではなく、少々値段が他より高くても買う価値があるかを厳しく見極めます。
 アセアンのZ世代が好きなブランドもInstagramなどSNS上だけで販売しているものも多く、「同世代の子がやっているオーストラリアのブランドで、デザインがすごくかっこいいの、素材が全部リサイクル素材でできていて、ああでこうで…」とお薦め理由を詳しく語ることができるものです。大手企業がいくら「この商品は環境に配慮しています」とだけ謳っても、Z世代の心に届けるのは難しいです。それだけでは他の安いものでいいや、となります。
 昨今のブランディングでは当たり前のことですが、透明性と真摯さ、そして掲げた課題に対する本気度がないとすぐに見抜かれます。彼らには情報収集力や検索力があるため、表層的な取り組みはすぐに見破られてしまいます。
 やるなら本気でやる。いかに今ある課題に正直に向き合い、自分たちならではのソリューションを出し続け、仲間を増やしていくか。これはアセアンのZ世代に限らず、世代を超えてあらゆる人に支持されるブランドになるために今後ますます必要になることだと思います。
 また、アセアンのZ世代のインタビューを行った時期に“Black Lives Matter(BLM)”が世界的なトピックになりました。対象者の一人が「アセアンだったらAll Lives Matterだよね」との発言があったのが印象的でした。どちらかに肩入れするのではなくみんなが大切な存在である、誰一人として取りこぼさない“No one left behind”の考え方で、多様な民族や歴史文化を内包するアセアンらしいなと感じました。アセアンのZ世代は、ブランドや企業が右だ左だと言うのではなく、みんなを大事にするインクルーシブな存在でいて欲しいと思っています。
 多くの場面において、アセアンのZ世代は上の世代が解決できなかった課題にチャレンジしなければいけない、そのためのソリューションの一部になりたいと思っている様子がすがすがしいですし、彼らはきっとより良い社会をつくっていくだろうと確信しています。
本日はありがとうございました。

Interviewer ツノダ フミコ

伊藤 祐子(いとう ゆうこ)
博報堂生活総合研究所アセアン 
Managing Director

2003年博報堂入社。マーケティングプラナーとして生活者を深く見つめるインサイト発掘起点でのコミュニケーションデザイン、商品開発、ワークショップモデレーター、データマーケティング業務に従事。2018年4月に博報堂生活総合研究所アセアン(タイ・バンコク)に着任。アセアン6か国に在籍する研究員を束ね、アセアンセントリックな生活者研究を推進。2020年4月より現職。

http://hillasean.com/

http://hillasean.com/aseangenz_webinar/asset/download/HILL-ASEAN-Gen-Z-magazine_JP.pdf