特集


皆が幸せになる社会をめざし、
多様な生き方を勇気づける広告を

INTERVIEW

石川 雅恵 氏
UN Women(国連女性機関)日本事務所 所長

───人間は本来ならば平等に生きる権利があるわけですが、現実には、例えば性差、年齢的なもの、病気、ケガ、家庭環境など、あまり公平じゃない部分があります。それらに対して何とか解決の糸口を見出して、そして誰もが皆幸せに包まれる明るい未来をめざしていきたいと思っているのではないでしょうか。
 そうした中で今回、さまざまな性差による広告表現の不適切さの是正など多彩な取り組みをされている「アンステレオタイプアライアンス(Unstereotype Alliance)」の活動について国際的に活躍をされている石川雅恵さんに具体的な活動の概要や今後へのお考えをお伺いしたいと思います。

固定観念を打破するための「アンステレオタイプアライアンス」

石川 「アンステレオタイプアライアンス」は、UN Women(国連女性機関)が音頭を取り、賛同してくださる企業の方と世の中にはびこる固定観念というものを広告の力でポジティブなものに変えていこうという試みです。
 この活動は、2017年に、UN Women 本部(ニューヨーク)レベルで発足し、世界中の名だたる企業と共に始めました。しかし、やはりそれぞれお国事情というのが違いますので、国レベルでもこういう取り組みをしようと、2020年5月にアンステレオタイプアライアンスの日本支部ができました。日本の企業の方にも賛同していただいて、今3年目が過ぎようとしているところです。現在は、海外の良い事例などを勉強して、自社の広告に取り入れていくということを考えている段階です。
 そもそも広告は、企業のモノやサービスを相手に売ろうとするために作るコミュニケーションですね。メディアであれば、ある実態を視聴者に伝えるというときに、ものすごく計算して、どういうふうに伝えれば一番わかりやすいかと考えます。しかし一方、わかりやすいというところに潜んでいる危険性もあります。今まで自分たちが思い込んでいた思い込み、固定観念です。
 例えば、女の子であればピンクを着ているべきだとか、ピクトグラムのようなグラフィックシンボルでは、男性は青、女性は赤になっているというふうなことです。そこでそれが一般としてどんどん社会の中で刷り込みがされている現状があります。世界的に見ても、例えばブラジルの広告にはどうしても白人が多い。実はブラジルには褐色の肌をした方や先住民の方も大勢いるのにそれが全然反映されていない。アジアでは化粧品のコマーシャルでは白い肌が美しいという固定観念があって、そうすると、白い肌じゃない人たちはすごく自分が取り残されたような気分になってしまう。
 固定観念は、社会生活をしている上では必ず持っているものですが、それがネガティブなほうに出てしまう、自分がしたいことができなくなってしまう状況を憂えています。それを何とか解決するために、影響力のある広告やメディアの方々がそれを自覚して、思い切った、今までとは違う試みをすることによって、固定観念を崩していくことで、例えば、ジェンダー平等と女性のエンパワーメントを推進できるのではないかと考えているわけです。やはり、多様な人間が紹介される、多様な人間が現れる広告は親近感が湧くし、購買欲が湧くという調査もあります。そういう多様性のある広告を作るということは、ただ単にいいことをしている、正しいことをしているだけではなくて、企業の利益に実は本当に直結することであるということを理解していただきたいです。

みんなを幸せにするジェンダー平等

石川 また、UN Womenではジェンダー平等を掲げています。日本ではジェンダー平等と言うと、どうしても女性の話ばかりになってしまい、逆に、男性のことはどうでもいいのかと、非常に厳しい反応があります。しかし、ジェンダー平等というのは、決して女性のためのものではなくて、あらゆる属性を持っている人たちが平等に権利を享受して、平等な機会を与えられるということが大事なのです。
 ジェンダー平等について広告を通じて知っていただくことによって、実は男性に対する気づきも出てくると思います。広告の中での男性は強いもの、お金を稼ぐもの、輝かしいライフスタイルを持つことが強調されがちですが、最近の調査では、そうした価値観で男性を描くことは以前ほど魅力的なものにはならないとしています。なぜなら、そればかりを描いていると、そうじゃない男性はその広告を見て、自分とは関係ないよねと思ってしまうわけです。広告の力で現在の男性たちが共感する内容に変えていくことによって、そうじゃない男性たちも引き込めるようなコンテンツが生まれると思います。
 ですから、アンステレオタイプアライアンスは、広告に出てくる女性イメージ(例えばいつもお料理をしているイメージ)を変えるというだけの試みではなく、広告に出てくる男性像を固定化せず、ほかの形の男性像もあるよねと気づきを与え、男性の社会におけるあり方も変えていくことをめざしています。ひいては、女性という入口ではありますが、そこから、男性、障がいのある方、外国籍の方、在日の方など、さまざまな属性を持っている方々が、「これっておかしいよね」というような会話を作ることが目的なのです。

ジェンダー平等の成功事例を発信する

───ジェンダー平等は非常に重要な方向だと思いますが、そこでの具体的な目標やめざす世の中のイメージをお聞かせいただけますか。

石川 最初に申し上げたいのは、ジェンダー平等に関しては、それを達成している国は実は世界中に1つもないのです。日本も含めどこの国も達成できていないという事実があるということを知っていただきたいと思います。
 企業の皆さまにもよく聞かれるのですが、女性活躍とかジェンダー平等とか言われても、今一つピンとこない、と。ジェンダー平等のめざすところを説明するときに申し上げているのは、例えば、子どもがケガをして早退しなくてはいけないときに周りに「申し訳ありません」と言わなくていい社会、学校でのいじめがなくなる世界、権力を持っていない人たちの声が聞こえる社会というのが私たちのめざす社会だと思うのです。
 今は、女性でも男性でも、自分が社会から与えられた役割、社会から期待された役割をしていなかったら批判されるような社会だと思います。こうあるべきだということから外れた人に対してものすごい攻撃が来る。そういう攻撃をされない、そういうのもありだよね、こういうのもOKだよねという寛容な社会を作ることが大切です。その人がやりたいと思うことができる社会であるからこそ、その人の人権が守られている社会であると思います。

───今後強化されていかれたいことはありますか。

石川 本当に日々の気づきを、みんなで気づいていただくようにお話ししていくしかないのかなと思います。ここで気をつけなくていけないことは、「耳障りだな」といった反感を買ってしまうような形にならないようにすることです。だからこそ、広告やマーケティングの力でポジティブな例をもっと作り出すことによって、人々が「こういうのはいいよね」と思うようなことを増やしていけたらと思います。
 例えば最近の例で申しますと、SNSで話題になったイギリスの学校の制服の話ですが、女の子たちが冬は寒いからスカートじゃなくてズボンを履きたいという要望に、学校側が規則なので駄目といったそうです。それに対して女の子たちをサポートする意味で男の子たちがみんなスカートを履いた姿をSNSに載せたところ、すごい反響があって、学校の校則が変わったという事例があり、これには大変感動しました。学校を批判するという攻撃的な話ではなく、いわゆる権力を持っていない人たちに寄り添った行動をすることがこんなにすばらしいことなんだよと見せることが広く共感を生むと思うのです。
 また、私がすごく印象に残ったことは、某日本の自動車メーカーの広告ですが、サウジアラビアで女性の運転が解禁されたときに、教習所ですごい緊張して座って待っていると、ぱっとドアを開けて、教官ではなくて、自分のお父さんとかお兄さんが乗ってくるのです。彼女たちも自分の中で固定観念があってすごい怖いわけです。そこを自分の一番身近な人たちが横に乗ってくれて、一緒に運転を習おうよと。私はそれがすごくほほえましいなと思いました。
 そういう形で今は力がない、自信がないと思っている人たちを勇気づけるような広告やマーケティングというのはすごく大事だと思います。特別に扱う必要はなくて、しかし、本当に今ある姿がそれでいいんだよというような描き方がすごく心に残りますし、勇気をもらえるものではないかなと思います。

「勇気づける」というスタンス

───「勇気づける」というすばらしいキーワードをお話しいただきました。SNSも含め、この言葉とは逆の方向に向かうことの多い今の社会ですが、それに対してどう思われていますか。

石川 SNSは非常に大きな力を持っていて、瞬時に情報が伝わる本当にすばらしいツールであると同時に、諸刃の剣にもなります。瞬時に伝わるからこそ間違った情報が瞬時に伝わったときの恐ろしさもあると思います。ですから、ユーザーである自分たちのリテラシーを高めていくことが非常に重要であると考えています。
 また、SNSによって、今まで言えなかったことを言える世界がそこにあるわけです。それはすごく魅力的だと思うのです。人前で堂々と意見を交わすのは嫌だけれども、こういうところで1人でつぶやくのだったら自分はできる、という機会が与えられるわけだから、それはすばらしいことではあると思うのですが、自分のつぶやいたことが人を傷つけているかもしれないという、一歩立ち止まる必要が必ずあると思います。
 私自身もUN Women 日本事務所の所長としていろいろな情報発信をしていますけれども、もちろんそれに対して賛同できない方もいらっしゃいますし、私たちが発信したことによって逆に傷ついたというような方もいらっしゃいます。それは同時に、「あ、そういうふうな考えがあるんだ」と気づかされる瞬間でもあるわけです。「あ、こういう多様な見方があるんだ」ということを気づかされるので、称賛の声も批判の声も両方ともすごく大事なことだと思っています。

日本における変化について

───世界から日本を見るとどんなふうに見えているのでしょうか。日本は、世界に比べると非常に平和で、平等ということに対してあまり抵抗がないとも個人的には思いますが。

石川 私が国連で生活してきて感じるのは、世界中の国からすると、やはり日本を良い国と思う人のほうが圧倒的に多いですね。暴動もないし、経済は発展していて豊かですし、さらに道もきれいで、犯罪が少なくて、みんな規則を守って生活をしている、といったふうです。
 ただ、日本に20〜30年住んでいる外国の方からすると、その属性によって評価は違ってくると思います。ですから、そこも多様な見方があるのではないかと思いますが、一般的には世界から見て、国連の加盟国から見ても、日本というのはすばらしい国というふうに思われていると思いますね。

───ジェンダー平等への取り組みの広がり方はどうですか。日本の場合は遅い方でしょうか。

石川 そうですね。世界経済フォーラムのランキングなどを見てネガティブな話ばかりになりがちなのですが、少しずつ変わってはきているとは思います。私は、日本に帰ってきて5年が過ぎたのですが、この間に私は確かに変化を見ました。例えば、かつては東証大発会には振り袖の女性たちが出てくるのが当たり前でしたが、今では男性の袴姿も登場しています。高校野球の入場行進のプラカードも、以前の女子高生から男子高校生も持つようになりましたね。

─変わらなくてはいけないのは社会なのでしょうね。

石川 そう思います。本当に微々たる、小さな小さな一歩ですけれども、やはりそれが積み重なって変わっていくのではないでしょうか。世界に比べたらまだまだ日本の歩みは遅いというのは事実だと思いますが、それでも少しずついい方向に変化しているのではないかなと思っています。私の中では任期中にそうやって少しずつ変化が見えてきたことは喜ばしいことだなと思っています。

───今後も、「勇気づける」ということでやっていきたいですね。

石川 そうですね。叩くのではなく、勇気づける形でいきたいですね。それは女性だけではなく、あらゆる人たちを勇気づけられるような広告、マーケティングということをしていきたいと思います。私たちはマーケティングの専門家ではまったくないので、逆に現場で実務者としてやっていらっしゃるマーケターの方からの生の声というのを逆にお聞きしたいです。

───ぜひご協力させていただけたらと思います。本日はありがとうございました。

(Interviewer:中島 聡 本誌編集委員)

石川 雅恵(いしかわ かえ) 
UN Women(国連女性機関)日本事務所 所長

国連本部及び地域・国事務所において約20年間、資金調達とパートナーシップス構築業務に従事。1998年より日本政府国連代表部専門調査員として、ニューヨークにて女性の人権にかかわる事案を担当。その後UNICEF本部でアシスタントプログラムオフィサーとして子供の性的搾取撲滅に取り組む。2003年よりUNFPA(国連人口基金)に資金調達官として、日本、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド及び韓国との関係調整を担当。その間、組織内短期赴任制度によってUNFPAシエラレオネ国事務所にて代表補佐、アジア・太平洋地域事務所にて資金調達とパートナーシップスに関する顧問を務め、また1年間国連事務局人間の安全保障ユニットに資金調達官として出向。2017年10月より現職。兵庫県立神戸高校、関西学院大学社会学部を卒業後、オレゴン大学国際学部学士、神戸大学大学院国際協力研究科法学修士取得。