特集


《座談会》字幕付きCMの普及をめざす 放送・広告業界の取り組み

《座談会》

中島 聡 氏
(公益社団法人日本アドバタイザーズ協会 専務理事、本誌編集委員)
窪内 秀典 氏
(一般社団法人日本民間放送連盟 CM運行等対策部会 幹事、株式会社テレビ朝日 ビジネスソリューション本部 セールスプロモーション局 CM部長) 
沼澤 忍 氏
(株式会社電通 コーポレートオフィス 広告電通賞プロジェクト部 事務局長)

<事務局>
小泉 恭兵 氏(公益社団法人日本アドバタイザーズ協会 事業部 主事)
藤井 亮 氏(一般社団法人日本民間放送連盟 業務部 副部長)
木村 敏文 氏(一般社団法人日本広告業協会 副事務局長)

字幕付きCMの普及経緯と現状

中島 どうも今の世の中は不寛容な時代らしく、SNS上でも、声の大きい人の勝ち、言った者勝ち、自分の発言が相手にどう影響するかということを誰も考えずに勝手なことばかり言っている時代だと思います。
 そのような中、広告コミュニケーションに関しても、高い倫理観を持ち、誰一人取り残さない社会を目指さなければならないと思います。そのような取り組みの一つである字幕付きCMも大きな時代の流れだと感じます。
 まず、字幕付きCMに取り組んできた経緯に関してお聞きします。

沼澤 2014年に総務省で「スマートテレビ時代における字幕等の在り方に関する検討会」が開催され、その検討結果が同年7月に取りまとめられ発表されました。字幕付きCMにおいては、 日本アドバタイザーズ協会、日本民間放送連盟、日本広告業協会の連携の場として「字幕付きCM普及推進協議会」設立の提言があり、検討会終了後も引き続き課題の検討等を行うこととなりました。以降、CMの字幕をどのようにしていくのかということで検討を重ね、現在に至ります。
 現在はタイムCMのみならず、スポットCMまで全枠に字幕を付けられるようになっています。それまでは、特にCMオンライン運用が始まる以前は字幕がタイムCMでOAするならば、別途物理的にテープを別途プリントしなければならず手数がかかりました。現在はCMオンライン運用によるデジタル送稿の普及もあり、字幕付きCMはどんどん増えています。

中島 良い意味でのデジタルトランスフォーメーション(以下DX)とうまく結び付いているということでしょうか。

沼澤 はい。私たちも、DXとしてAIの活用も含めどこまで字幕生成が可能かいろいろと試行錯誤しましたが、やはり100パーセント正確な文字起こしはできません。もちろん、制作過程でDXによってできる部分はどんどん使うつもりですが、テレビCMは情報が100パーセント保証されなければなりません。100パーセントの情報正確性が必要なのです。

中島 取り組みから十数年ということですが、当初は相当大変でしたか。

沼澤 やはり大変でした。誰が作るのか、誰が字幕の内容にOKを出すのか、作業費がいくら掛かるか五里霧中状態でした。そのプロセスを一つずつ整理整頓しました。最終的にクローズド・キャプション(CC)字付与部分は、ポストプロダクション(映像撮影後の技術的仕上げ作業を担当する会社)が責任を持って行い、見積もり等も直接、広告主や広告会社、広告制作会社に出せるようになりました。自立して仕事をしてもらう環境を整えたことで、ポストプロダクションの立場が明確となり、前に進みました。

窪内 日本人の4人に1人は聴覚に何らかの問題を抱えていると言われています。
 その人たちが少しでも楽しめる社会を作っていくという観点から、字幕付きCMの取り組みが始まりました。スタート当初は、設備等の問題で、放送できる局や範囲が限られおり、一部の局が1社枠番組など特定の番組で、アドバタイザーの意向に対応していました。番組もアドバタイザーの数も限定しなければできない時代でした。
 その後、字幕付きCMに社会的必要性を感じてくださるアドバタイザーが数社出てまいりました。このニーズ拡大に対応するべく民放連は、設備や環境を局ごとに調整を行ったうえで、日本アドバタイザーズ協会、日本広告業協会と一緒に、字幕付きCM普及推進協議会で2020年9月に「字幕付きCM普及推進に向けたロードマップ」を策定しました。
 その後、2022年10月には、ロードマップの対象となる局はすべての枠で受け入れられる体制を整えました。ネットタイム、ローカルタイム、スポット枠のすべて、オールタイムテーブルで字幕付きCMの放送に対応できるようになりました。

中島 特に、この4〜5年で急激に普及したと聞いています。

窪内 おかげさまで字幕付きCMの採用社数は拡大の一途を辿っており、現在は数十社となっております。やはり、このロードマップの策定が大きかったと感じます。

沼澤 オンエアベースでは、10パーセント台の半ばくらいになっているのではないかと思います。オンエア量の多い広告主のCMに関しては、字幕付きCMの増加が顕著になっているのではないでしょうか。
 一方、地方への普及はなかなか難しいです。まず、字幕付きCMを作れるポストプロダクション探しから始めなければなりません。もちろん、東京にデータを送ればできますが、やはり、地元で字幕制作ができる編集会社が何社か立ち上がると、そこで効率的に作業を回すことができると考えています。

中島 各地方の特性やさまざまなエンターテインメントのインフラストラクチャーまでを包括的に考えて、地道に普及させていかなければならないということですか。

沼澤 本当に地道に取り組んでいくしかないと思っています。例えば耳の日(3月3日)などで広報活動を行うとか、さまざまな機会を使って普及と理解を進めたいと考えています。

ユニバーサルな側面も持つ字幕

中島 字幕の見やすさ、読みやすさには何か工夫などあるのですか。

沼澤 字数に関しては、字幕付きCM素材搬入基準に基づきながら、ポストプロダクションが工夫している点がたくさんあります。見やすく、すぐに追えるようにするノウハウはかなり研究されています。そうであるからこそ、先ほど申し上げましたが、ポストプロダクションが大事で、そこで字幕付きCMに慣れている人でなければ、きちんとした情報保証ができないと言えます。
 ただ、機能性表示食品などの、必要な細かい注意書きの部分にかぶる問題はどうしても出てきます。そのあたりは現在もケースバイケースで試行錯誤中です。あとは、複数人が話すCMの場合、どこまで表示するのかという問題があります。話している内容を全部表示すると、逆に見にくくなってしまいます。そのような点に関しても、広告会社、ポストプロダクションの担当者を招いて意見交換の機会を作り、放送局と共に作業のレベルを上げていくことが非常に大事なことだと思っています。

小泉 字幕については、必要な方に使ってもらうのはその通りですが、あると便利で使うという方もいると思います。例えば、小さな子どものいる家庭では、子どもが泣いたりする場面も多々あり、そのような状況で字幕があれば、テレビが見やすくなります。そのため、字幕を付けることで、マーケティング効果的にもマイナスはありませんし、さらに効果的に使う方も一定数いると思っています。

字幕付きCMはDE&Iを体現

中島 字幕付きCMは、最近言われているDE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)の最先端ではないかと思います。

沼澤 その通りだと思います。企業が何かを行うときにTVCMを流すコミュニケーション活動は最もわかりやすく、かつ行いやすい方法の一つです。今は、商品やサービス情報はインターネットで検索すれば出てくるわけですが、例えばそのSNSでの情報の出どころが本当に正しいのかどうか。きちんとした企業が多額の予算を投じ、しかるべき媒体考査を受け、世に出している広告のほうが正しい情報を伝えているはずです。

中島 字幕付きCMは、企業が持つ存在意義、企業の価値をストレートに伝える、最初に取り組むべきことのような気がします。

小泉 商品・サービス自体や商品のパッケージを変えることに比べると、数十万円で字幕を付けられる字幕付きCMの取り組みが最も安価であり、数多くの人に届けることができます。

沼澤 聴覚障がい者の方々は、積極的に企業のホームページに「字幕付きCMをありがとう」という意見を投稿されているようです。クライアントにありがとうと伝えた新聞広告を岡山県で見ました。聴覚障がい者の方々は、そのようなお気持ちを持っているような気がします。皆さんの意見をこれまでも伺う機会が何回かありましたが、なぜ字幕を付けないのかと怒る方よりも、付けてくれて非常に助かっているとお感じになる方がが多いのではと思いました。

中島 ターゲットを広げると同時に、グッドウィルも醸成することができます。加えて、価値も共有しやすいです。企業のパーパス、社会的な役割も果たせるということですね。

今後の普及に向けた展望

中島 今後に向けた取り組みや目標、方向性についてはどうお考えでしょう。

沼澤 字幕を付けることはCMの制作過程で普通なのだ、という認識になれば、さらに広がると思います。地方の普及を引っ張るのは、全国規模でCMを打っているアドバタイザーではないでしょうか。地方への地道な啓発と同時に全国レベルのオンエアをしてくださる広告主をどんどん増やすという、両方を行うことが非常に大事だと思います。

窪内 放送側としては、オールタイムテーブルで受け入れられる体制を整えましたが、それで終わりではなく、そうした体制になっていることや字幕付きCMの意義などを、放送局の社員を含む関連した人たちへ周知していくことが必要だと考えています。

沼澤 字幕はポストプロダクションの作業として確立していくと思っています。CMのオンライン送稿に伴って不要となったオンエアプリント作業の代替ビジネスになります。CMのオンライン送稿は最初は足踏み状態でしたが、一定の普及が進んでから首都圏で一気に浸透しました。そのような一気に増加するタイミングが間もなく来ると思っています。

中島 この2〜3年のうちに臨界点が来るということですね。

小泉 100パーセントは難しいとしても、1社ずつ増えていく中で、目に見える景色の字幕付きCMがどんどん増えていくことを願って、日本アドバタイザーズ協会としては活動を続けていくしかないと考えています。

木村 先ほどのDE&IやSDGsの話のように、是が非でも配慮を進めなければならないと感じています。これはクライアントだけではなく、放送局や広告会社も同様だと思います。みんなで推進していかなければいけません。

藤井 現在、字幕付きCMがどんどん増えてきている中で実務面での課題が出てきています。これから制作が増えるにあたり、制作・搬入側の広告会社、ポストプロダクションと放送局の間で意見交換を行い、実務的、技術的な対話を進め、円滑な制作、搬入、放送に繋げていかなければならないと考えています。

沼澤 字幕付きCMの普及に関しては、日本アドバタイザーズ協会、日本民間放送連盟、日本広告業協会、日本ポストプロダクション協会、日本アド・コンテンツ制作協会などが、ポイントごとにきちんと話し合い、商流やルールを確認しながら進めてきました。このような土壌をベースにして、どんどん進めていきたいです。

中島 マーケティングというと、どうしても競争や戦略という、ぎすぎすした面がありますが、このような優しい世界を描き出すのも、マーケティングにおける力の出し所の一つだと思います。世の中を良くする取り組みには、ぜひ、積極的に支援をしたいと考えています。ありがとうございました。