寄稿


企業のメッセージ発信。
AI時代の前に改めて基本の見直しが大事

Text 林 信行
ITジャーナリスト、コンサルタント

言葉だけでは足りない

 言葉だけのコミュニケーションには限界がある。ソーシャルメディアなどの炎上を経験したことがある人なら痛感していることだろう。まったく同じ言葉の並びでも、それをどう読み、どう感じるかは読む側の気分や境遇に委ねられている。メッセージの印象を最終的に生み出しているのは発する側ではなく受け取る側だ。
 米国の大学で「コミュニケーション」という必須の授業があった。その授業で最初に学ぶのが、メッセージが送り手から受け手に届く間にはさまざまなノイズが存在するという話だ。雑音などの物理的ノイズ、感情の揺れや固定概念などの心理的ノイズ、疲労や病気などの生理的ノイズ、文化の違いや語の解釈、タイミングの悪さなどの文脈的ノイズ、通信障害などの技術的ノイズなど多くのノイズが存在することを学ぶ。意図した通りにメッセージを届かせるのは至難の業だ。一度、メッセージに特定のイメージがついてしまうと、それも曲解を広める新たなノイズとなる。そんなノイズを振り払う上で重要なのは何か。
 広告にしても、記事にしても、印象をつくるのは言葉そのものだけではない。例えばそこで使われているグラフィックや写真の雰囲気だったり、余白の取り方だったり、全体の色のトーン、さらには言葉に使われている文字の字体、こうした要素もメッセージの印象に影響してくる。年配の人は、そんなの当たり前だと思うかも知れない。紙の雑誌の全盛期であれば紙の質から使う字体、レイアウトや記事の並びなど伝えるためのデザイン1つ1つと丁寧に向き合っていた。大事なページであれば、たった1点の物撮り写真を撮るためだけに数時間、あるいは数日間かけることも珍しくなかった。その時代、日本の雑誌は世界一美しいと称賛する海外の友人も少なくなかった。
 しかし、Webの時代になってすべてがインスタントになった。字体はOSとブラウザ任せ。写真もプロに頼まず記者やブロガーがスマートフォンで撮ったインスタントな写真が平気でビジュアルとしての主役を張るようになった。文章も工夫なく流し込んだだけでレイアウトという概念もなければ余白はすべて広告で埋め尽くされている。良い言い方をすれば文章の中身だけで勝負とも言えるが、読者がどんな期待値や気分で読むのか、他の視覚要素からの援軍が一切得られない状態とも言える。これには例えばWeb媒体の記事が、提携サイトやキュレーションサイトに複製されていることも大きく関係している。結局、ほとんどの読者は色々なところからかき集めてきた記事を寄せ集めて自社フォーマットで再掲載するキュレーションサイトで記事を読んでいる。だから、元の記事がいくら見た目を美しくしようと頑張っても、それが目に触れる機会は少なく、コストがかけられないのだ。
 こうした事情もあり紙とWebでは同じ情報でも、伝わり方の体験の質に大きな差があり、進化どころか退化してしまっている。
 海外では力のあるWeb媒体は、Webフォントという機能を使って字体に凝ってみたり、スクロール時に面白いアニメーションを加えたりと工夫をしているサイトも少なくないのだが、日本はiモードの時代に「文字さえ流し込めばそれでOK」というテキスト偏重文化が形成されてしまった。そこから情報の美しさを追求する文化が一気に衰退してしまった。ただ説明の量で勝負する日本のECサイト型の情報発信などは今や世界で笑いのネタになっている。
 最近、AIが急速に発展している。このAIで文章や、挿絵、動画まで生成して、安価で速い情報製作を目指す会社もいるかも知れない。しかし、考えて欲しい。そうしたAIの生成力の恩恵を受けるのはあなたの会社だけではない。30年以上、ITが社会に及ぼした影響を取材してきた識者としての私見を述べさせてもらうと、私はこれからそうした技術を使った情報の濫造がさらに加速すると思っている。
 そして、そんな時代だからこそ、ちゃんとメッセージを届けたい人には人間のプロフェッショナルのコピーライター、グラフィックデザイナー、アートディレクターらの力が重要になると思う。
 AIが量産する石が多めの玉石混交情報の時代、人々は今以上に情報に対して食傷気味になるだろう。そんな文脈のノイズを乗り越えて、人々の心に突き刺さるメッセージを見極められる審美眼は少なくとも2030年くらいまではプロの人間にしかないと思っている。これからはおそらくそうしたプロフェッショナルの中にもAIを使う人がいるだろう。しかし、素人がAIが生成したものをそのまま使うのと、一度、プロの目のフィルターを通すのとではできあがるメッセージの品質に大きな差が出る。情報の量が増えれば増えるほど、品質こそが大事になると私は信じている。
 このように私は今一度、情報発信の基本を見直すだけでも、情報がまとうオーラが変わると信じている。
 ここまでは伝えるメッセージのデザインの話だったが、私はこれからの時代の「伝え方」では長期視点も大事だと思っている。
 いかに情報がオーラをまとってもシニカルな人は「見かけでごまかそうとしている」と斜めに見ることだろう。そうしたノイズを振り払う上で、もっとも強固な武器は発信者の信頼だろう。そしてそういった信頼を生み出すのは時間をかけた丁寧なコミュニケーションの蓄積をおいて他にないと思っている。
 今、世の中を駆け巡る情報は足早だ。週をまたいで同じ話題が続くことは滅多にない。広告や広報を通して発せられるメッセージの多くも一発勝負の打ち上げ花火で、成功すれば瞬時に広まるが、あっという間に忘れ去られてしまうことも少なくない。そんな時代だからこそ、私は時間をかけて積み上がるメッセージ、あるいは変わらず発信し続ける一貫性の方が長期的に見て価値があると思っている。
 例えば定番だが三和酒類の焼酎、iichiko。駅張りポスター広告や多くのCM作品で40年以上にわたって「人と自然の関わり」を表す姿勢を貫いている。その一貫性が製品どころか広告自体のファンを生み出している。

画像提供:三和酒類株式会社
https://www.iichiko.co.jp/design/poster

iichikoポスター

三和酒類のiichikoの駅張りポスターは、とにかく写真の美しさと短いコピーで魅せる。説明過多になり過ぎた時代に、この涼しいコミュニケーションがなんとも響く。40年近く一貫してこのスタイルを続けてきたことで、今ではこの広告そのもののファンも多く、同社では「iichiko design」と銘打って同社のWebサイトでこれまでの作品一覧を見れるようにしている。

 これまた定番だが資生堂は、コーポレートメッセージで常に「美」を追求する企業であることを謳っており、その姿勢が時には美しい女性(や男性)をフィーチャーしたCMとして、時には誰かのパーソナルストーリーとして、あるいはクリエイターとコラボして作った「Bを探しに」のような少しひねりを加えた動画作品として、または同社のギャラリーでのさまざまな展示という形で表されている。同社のテーマが常に「美」であるからこそ、それを知る人が見れば「Bを探しに」の「B」が何のことだかすぐにわかるし、次はどんなアングルから「美」に迫るのだろうと楽しみになる。

Bを探しに

資生堂と言えば黎明期から日本の広告文化を牽引してきたブランドの1つと言えるが、その情報の発信の活動は広告だけに留まらない。ギャラリーや店舗のウィンドウなどを用いた展覧会などを通して展開するクリエイターたちとのコラボもあれば、10年前にグラフィックデザイナーの渡邉良重さんとコラボして作った、こちらの映像作品など、さまざまな形態でのメッセージ発信を行なっており、それら1つ1つが「美」を考えるという共通のテーマを感じさせる。少し古い事例だが、好きなので紹介させてもらった。

 ルイ・ヴィトンなどに代表されるフランスのハイブランドが展開するCMやYouTubeでの動画も、一見バラバラの発信のように見えてすべて「リュクス」という1つのテーマでつながっている。つまり旅だったり、華やかなパーティだったり、アートだったり、職人技だったり、ロマンスやユーモアを通して人生を楽しむための余裕やより高いものを目指す挑戦の姿勢といった通底したテーマがあり、そうした印象を積み上げているのだ。
 アップルのようなテクノロジー企業も同様だ。アップルはパソコンの会社だったりiPodや音楽配信を提供する会社だったり、スマートフォンの会社だったりと常に会社の本分そのものが大きく変わっている。だから、6~7年単位で発信するメッセージも変わる。しかし、業態が切り替わるまでの間、一貫して同じメッセージの発信をし、信頼を積み上げる。
  2019年以降のアップルは「iPhone=プライバシー(が守られ安全)」と言うメッセージを発し続けている(もちろん、それ以外の製品プロモーションの発信もある)。世のIT企業の多くがビッグデーターの可能性を語り、そのビッグデーターが今日の優れたAIを生み出してきた。しかし、アップルは一歩先を読み、いずれ勝手にデーターを集める風潮がプライバシー侵害の問題に発展すると読んできた。そしてまずはIT業界で最もプライバシーについて真摯に考えるブランドとしての信頼を築き、その上でちゃんとプライバシー配慮した形でAI技術を展開した方が、AIの時代になってもより多くの人に信頼してもらえるだろうと踏んでいた。まさに中長期の戦略と5年近く継続してきたメッセージ発信が完全に合致している事例だ。

iPhoneのプライバシー|視線|アップル

「iPhoneのプライバシー」キャンペーンのCM

アップル社は一貫してiPhoneこそが最もプライバシーを重視したスマートフォンで、iPhoneに預けた情報は他に漏れることがないという信頼を積み重ねてきた。そのおかげで2024年秋にリリースする同社のAI機能ではユーザーが安心して、人には知られたくないプライベートな用事のアシストもお願いできる。

 創業したばかりといった事情で、そこまで深いコーポレートメッセージや中長期戦略を持っていない企業もあるだろう。そんな場合、一時のiichikoのポスターが地元大分の美しい自然をテーマにしていたり、資生堂が銀座の文化を語り、アップルが「DESIGNED BY APPLE IN CALIFORNIA」と謳い、フランスのメゾンがフランスの文化を拠り所として、時々、取り上げるように、1商品や1企業などよりもはるかに長い時間軸で存在している地域だったり、国だったりの文化を背景に背負ったり、乗っかったりすることでメッセージにより深さや重み、そして長い寿命を盛り込むことができると思う。
 このようにただ伝えるのではなく、戦略性を持って伝える上では、メッセージに長期的視点で込めるブランドの価値とメッセージがちゃんと人々に見られ短期的にも成功する上で重要な品質の双方に目配せをする必要があると思う。どちらも当たり前と言われれば当たり前のことだが、最近、軽視されていた視点だ。AI時代、これらの基本をしっかりとやり直すことこそが「伝え方のイノベーション」になると私は信じている。

林 信行(はやし のぶゆき)氏
ITジャーナリスト、コンサルタント

1990年からアップル、グーグル、ツイッターなどその時代時代で変化するテクノロジートレンド最前線の経営者や思想家、デザイナーなどを取材。雑誌、新聞、ラジオ、TV、Webやソーシャルメディアで発信。2010年以後は、テクノロジーだけでは良い未来は作れないと、それまで以上にデザインを啓蒙する活動に注力。グッドデザイン賞の審査員やデザインエンジニアリング教育を広めるダイソン財団(現在、日本での活動は解散)の理事も務めた。2015年頃からはAI時代の到来を予見し、教育やメディアアートを中心とした現代アートの取材に力を入れ始める。現在は「22世紀に残すべき価値の探究者」を標榜し、「古き良きものを未来に残すことも大事な未来作り」という視点で、日本の地域社会に残る伝統や風習などの取材にも力を入れている。著書多数。Pen Online、ITmedia PC USER、バイリンガルアート雑誌ONBEATなどに連載中。

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AI時代の前に改めて基本の見直しが大事

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