対談
マーケティングを再考する。

対談

戒田 信賢
株式会社電通

田中 宏和
一般社団法人田中宏和の会

関係性
コミュニティイング」
そして共感としての
社会問題

 企業を取り巻くビジネス環境はこれからも変化し続ける。今年9月に開講する社会問題解決型BXセミナーに先駆け、京大や電通で社会問題解決に向けた活動を進める戒田氏と、一般社団法人「田中宏和の会」の運営や“生活者と企業の関係性”の研究を進める田中氏が、これからの企業人に求められる視点について考える。

ビジネス環境はどのように変わってきているのか

1-生活者や企業を取り巻く環境は、何が変わったのか?

田中 大げさに言うと、本当に人類史上の画期的な革命が起きている時代です。 2007年の iPhone発売を契機に、SNS で世界中の人がつながった。その結果、一人ひとりがメディア、つまり発信者としての機能を持つようになったことはとても大きいと思います。

戒田 もう一つの大きなうねりは、社会問題に対する注目度の圧倒的増大があると思います。SDGsなどの社会問題に取り組んでいない企業は明らかに淘汰されていく時代。SNSの隆盛を通じて、生活者が社会問題情報の発信者・受信者になったということも、このうねりの一因と言えるのではないでしょうか。

2-企業と生活者の「関係性」がフラットになった

田中 生活者は、SNSの登場により「発信者」になり、3Dプリンター等のテクノロジーにより「作り手」にもなれる。生活者発のイノベーションが生み出されやすい環境になった。まさにジョン・レノンが歌った“Power to the People”の体現ですよね。企業と生活者の関係性はとても「フラット」になった。かつてのような「情報や生産機会の非対称性」を前提としたビジネスはなかなか成立しづらい。

戒田 そのフラットな関係性の中で、生活者や顧客の価値観がどう変わったのかについて、企業は向き合い直す必要が出てきますね。

コロナ禍を機に変わった「生活者の価値観」

戒田 この2年強、私たちはコロナ渦での生活を余儀なくされました。自宅にいる時間が増えて、自ずと自分自身と向き合う時間が増えましたよね。その中で「自分自身の大切にしたいこと」を図らずもいっぱい考えたわけです。自分は何が好きなのか。何に共感できるのか。生活者自身のアンテナが敏感になってきた中で、企業や行政が提示してくる「価値」に対して、その価値を享受することの「意味」を生活者は深く考えるようになったと考えています。

田中 戦後・高度成長期以降の日本は、いい大学・会社、高い給料、良いクルマみたいな、ライフスタイルや価値観が画一的になっていった標準化の時代だった。でも今は「標準化」から「個別化」の時代。一人ひとりの価値観が自由に表現される時代において、それぞれの個別解が見い出されていくわけです。生活者の価値観が多様化する中で、そもそも生活者と企業の関係性をどのように捉え直すかが重要な論点になってきました。

「関係性」からマーケティングを再考する

1-「マーケティングは主従関係」「CSVは共創関係」

田中 マーケティングという概念を再考すべきと考えています。
 マーケティングは、「主体×論理」なんです。それは西洋の言語発想のロジックで、英語で言うと「主体」はサブジェクトじゃないですか。主体が生まれることで同時に「客体:オブジェクト」が生まれる。その2者の関係を設定した時点で、主従関係というのができているわけです。
 マーケティングの思考では、顧客を「ターゲット」と呼び、その標的を「囲い込む」とか「刈り取る」という表現が平然となされます。生活者の立場に立てば、企業の「標的」になったり、企業側から「囲い込まれたい」とか「刈り取られたい」とかは思わないですよ。

戒田 社会問題解決型のビジネス理論として有名なCSVでは、顧客/社会と企業の関係性を「共創関係」と設定していると理解しています。対立構造に両者を立たせるのではなく、共感できるテーマや価値を設定して、生活者と企業だけではなく、NPOや行政みたいな価値を共有できるいろんなプレイヤーを仲間にしながら、経済性と社会性を両立させるビジネスモデルですよね。

田中 社会問題というテーマとそれが解決された理想的な未来を、生活者と企業が「価値」として「共有」する。そこに双方が得られるメリットつまり「共益」を設定して「共感」することができるなら、とても良いビジネスになると思います。プレイヤー同士のフラットな関係性の中で、いかに共創的な関係を育んでいくか、人同士がどういう関係の中に生きていくかというところが本質だと考えています。

2-「コミュニティイング」という新しい概念

田中 企業と生活者の関係は「主体と客体」「生産者と消費者」みたいな二分された役割の固定ではなくなった。マーケティングって、「市場(マーケット)+ing」じゃないですか。それに対して、私は「コミュニティイング」という造語を新しく考えたんです。生活者・企業などさまざまな立場の人びとが集まるのが共同体ですよね。

戒田 ちょうどよい規模感で、価値観や想い・背景・志・活動などを共有しているのが共同体ですね。「地縁」や「血縁」もありますが、「好き」や「関心ゴト」で集まるコミュニティ。「共同体」は「主体・客体」に代替される概念なんですね。

田中 この共同体にingをつけてコミュニティイング。その共同体の中で価値観を「共有」し、生活者も企業も双方がメリットを享受できる「共益」を目指して、「共感」し合いながら「共創」していく。
 コミュニティの中でメンバー間の相互関係を起点とした、言わば仏教的な「縁起」のアプローチをとっていくのが有効なのではないかと考えています。信頼関係を基盤に、共感できる価値観でつながり合っているから、自ずと、そこには「安心感」と「ポジティブな熱量」も生み出されやすいと思います。

戒田 主従関係や対立構造よりも、この寄り添い合うような関係性のあり方は、顧客創造というアプローチとしてもとても有効だと思います。近年のクラウドファンディングのようなアプローチは、とてもわかりやすい好事例かもしれませんね。

マーケターの「これからの学び」

戒田 関係性がフラットになってきている中で、共感し共創することができるテーマの探索がとても重要であると理解できました。「共感・共創できるテーマ」として、「社会問題の理解」を深めていくのが今後さらに重要になってくると思います。SDGsにしても免罪符的に捉えるのではなく、社会問題解決型のビジネスづくりを企業と生活者が一緒に考える。その入り口として、社会問題についてしっかりと学び直す必要があるのではないかと思います。

田中 「顧客の創造」を実現していくためには、マーケティングもトランスフォーメーションしていく必要があるのではないでしょうか。マーケター脳のOSをリプレイスすることが重要だと思います。マーケティングが「市場規模の最大化」を志向する一方で、コミュニティイングは「市場規模の適正化」の上でコミュニティを育みながら顧客創造を進めていきます。ブランドマネージャーはこれからコミュニティマネージャーになっていく。「主体・客体」から「共同体」に前提条件を置き換える。自分自身のOSと向き合うことが重要だと考えます。

戒田 コミュニティイングの発想を活用しながら、生活者と企業がどうやって一緒になって潤いのある未来をつくっていくのか。私たちもOSの見直しを行いながら、挑戦、変革をし続けることが必要だと考えています。過去の成功体験やマーケティング的な“正しさ”に囚われすぎることなく、新しい顧客創造を実現していくための “実験”をマーケターの皆さんと進めていけたら嬉しいです。

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関係性、共感、社会問題のビジネスへの取り込み。これからの企業活動にはOSの見直しが求められています。まもなく開講予定の社会問題解決型BXセミナーでは、そのOSの見直しのヒントとなる事例や考え方についてご紹介しながら、参加者の皆さんと共同体をつくっていければと考えています。奮ってご参加ください。

戒田 信賢氏 
株式会社電通

京都大学医学研究科を修了後、国際系コンサルティングファームでの「社会課題をビジネスのチカラで解決する」CSV コンサルタントを経て 2012 年に電通に入社。電通社会問題マップの策定など“社会インサイト”を研究・分析するほか、社会問題を起点としたオリジナルのBX推進プログラムを主宰。JMAマーケティング・マスターコース「企業と社会の課題」担当マイスター。京都大学・慶應義塾大学・金沢大学で研究員。

田中 宏和氏 
一般社団法人田中宏和の会

1969年京都市木屋町出身。コミュニティ・ディレクター。ライター。同姓同名収集家にして一般社団法人「田中宏和の会」代表理事。一般社団法人東北ユースオーケストラ事務局長。渋谷のラジオ・番組プロデューサー。広告会社に勤務し、さまざまな広告、キャンペーン、プロジェクトの企画をおこなうかたわら、1994年よりはじめた田中宏和運動で、同一性と偶然性をめぐる哲学研究を行う。著書に『田中宏和さん』(リーダーズノート)、『響け、希望の音—東北ユースオーケストラからつながる未来』(フレーベル館)など。