第26回
ニューノーマル社会と新密

大坪檀のマーケティング見・聞・録

コロナ禍がもたらしたものは脱密の社会。授業はオンライン、登校せずに在宅で授業が行われ、部活は停滞、図書館の利用もままならない。卒業旅行や飲み会、ゼミ活動も停滞。コロナで大学は静かな殿堂に変化。脱密の世界が誕生。

 2年制の短期大学に通う学生はコロナ規制で従来の大学生活を体験せずこの春卒業。筆者の所属する大学では卒業式で校歌の斉唱なし。国歌斉唱はソプラノ歌手が歌う国歌をビデオで清聴。
 施設費や校友会費をなぜ取るのかとか、学校が面白くない、退学したいという声も出始めている。多くの大学がここ数年入学式や卒業式を中止したが今年は形を変えて実施したところが多い。大学は本来濃密が売りだった。この密を取り戻そうと対面授業の増加に転換した大学、新型の濃密教育を売りにしようとする大学も耳にする。
 筆者の周辺ではニューノーマルの出現を色々描く動きが活発だが、その中心は密、新密の社会を論じるもの。アメリカマーケティング協会の機関誌ではこの問題をことあるごとに論じ、その形態、内容は別としてアメリカ社会は密に戻る、新密の社会が出現すると述べている。
 オンライン授業を高く評価する声も大きい。大学に行かなくて済む、授業が分かりやすい、交通費や下宿代が節約されるとか、なるほどと思われるものも多い。テレワークに関する調査でも評価する声が高いが、疑問視する声も高い。ホライズン誌の読者、経営者はどう考えているのだろうか。
 この密の問題で筆者が見聞きし論じあった点を見聞録風に紹介し、コロナ禍後のいわゆるニューノーマルの社会再構築の参考に供することにした。

 1) ある業界新聞が今年の大卒人材採用の活動を特集。積極性、素直さ、創造性、コミュニケーション能力、意欲、社風への適合性などが採用の視点だという。このような人材要件はオンライン授業で習得できるものなのか。教育とは何か。本質が再び問われることになる。なぜ大学に行くのか。人格形成や友人や伴侶に巡り合う場、先生や部活のリーダーに接し人生哲学を学ぶ重要な場、通学の苦労で体得するものも多いと力説する人がいる。 

 2) 自由業の人はもともと在宅勤務をしているようなところがある。クリエーターは本来独立して仕事ができる。毎日が在宅勤務でも差し支えない。では組織でしかできない仕事とは何か、どんな能力が必要か。経営は今言われている、いわゆるジョブ型の経営に変容し、組織は専門職や技能職、経営職のようなもので構成され、従業員は置換、交換できる部品となり転職、リストラが繰り返されるアメリカ型の経営に変化するという声も多い。在宅勤務でアルバイト、副業、転職活動が活発になった話、投資活動ができて収入が増えたという話も。
 職場はどうなるのか。企業文化の承継、暗黙知の醸成はどのようにして行われるのか。組織に必要な人材、社員の育成法、人事管理の手法が基本から問われることになると力説するコンサルも多い。洞察力や方向感、連帯感、帰属意識はどうやって育てるのか。テレワークで久方ぶりに出社したら自分の机がない、居場所がない、職場の空気が読めなくなったという声も聞く。リーダーシップのあり方、人間関係づくりは根本から見直しを迫られることになり、働き方改革は進行し、終身雇用制が終焉、年功序列制の日本的経営改革は一層促進されことになると。

 3) 在宅と脱密でメディアに接する時間が増大、見聞きした現象の再確認、体験したくなる傾向、本物に接してみたくなる傾向が強まっている。観光地、イベント・文化・スポーツ施設、美術館を訪れる人の新期待感にどう応える。がっかり観光という言葉がすでに登場。本物のおもてなしが問われるという。観光業には本物を体験させる本質的な変容を迫られるという声が大きい。

 アメリカのマーケターたちにはコロナ禍後の人間には体験と接続の双方を求める傾向が高まるとみる人が多い。マーケターのこれからの仕事は新しい体験と顧客との接続、関係づくりの創造にあると指摘する声が大きい。コロナ禍の中でマーケターはIT機器とお届け手法でいわゆるプッシュ型手法のマーケティングを展開した。今度は新型のプル型マーケティングに転換、打って出ることになるのだろうか。
 カラオケ・料亭・お茶・お花・踊りなど日本文化にも異変が起きている。コロナ禍でお茶会は激減。家族葬がコロナ禍の中で浸透し、葬式宗教と揶揄された仏教が大きな変質を迫られているという。新しい日本の生活文化の創造が始まると新密の風を詠むマーケターの声も聞えるこの頃だ。

Text  大坪 檀
静岡産業大学総合研究所 所長