特集


山伏の体験は
ビジネスに何をもたらすか?

by 加藤 丈晴 氏
株式会社めぐるん 代表取締役

INTERVIEW

 スピリチュアルな体験は、自己変容やリーダーシップにどう影響を与えるのか?山岳信仰文化の一つともいえる山伏文化という神秘的な存在に出会い、自らも山伏として、外国人旅行客を中心に研修/体験プログラムを提供している加藤さんに、山伏体験がビジネスパーソンにもたらす効果についてお話をうかがいました。

会社員から、山形県庄内地方に移住するまで

─── まず、加藤さんの経歴を教えてください。

加藤 私は今、羽黒山伏を名乗っています。横浜出身で、元々広告会社におりましてチームマイナス6%など社会テーマ系の取り組みなどをやり、2011年4月に家族3人で山形に移住、今は山伏になっています。筑波大とアメリカのMBAと大学院を2つ出て今は山伏になっているというので、よく笑われます。

─── どのような経緯で山形に移住されたのでしょうか。

加藤 山形に移住したのは、持続可能な社会をつくりたいという思いからで、それを実践するのは国単位というよりは地域単位がよいだろうと思っていました。特に自然資源や社会関係資本が強い地方のほうがそれを実践しやすいだろうと何となく思っていたからです。地域単位で持続可能性が上げられることとして、その当時は再生可能エネルギーに関心を持ち、自然エネルギー、再生可能エネルギーのプロジェクトを多数やっていました。結局自分にはあまり向いておらず、5年ほどで結果的には離れてしまいました。
 移住場所を決めるときに地域での経済循環に興味がありました。サステナブルな地域をつくるという上で自分が鍵になると思っていたのが、社会関係資本と自然資本でした。市場経済における資本で言うと、資本力があればあるほど経済成長できるというモデルだと思いますが、別な道をどうつくるかということで、社会関係資本を生かしながら、お金の価値だけではなく、地域の関係性に価値を持ったときに、少し単価が高くてもお金が回る仕組みにコミットできるとしたらどこがよいのかと考えていました。いろいろな地域を回っていたのですが、その中で庄内地方はとびきり変わった文化や、自然もある程度はありまして、ひと際おもしろいなということでここへ決めました。

─── 社会関係資本というのは測定できるものばかりではないと思いますが、どのように測るのでしょうか。

加藤 測定はなかなか難しいと思うので端的に言うと、お金よりも自分たちの大事なものがあるという価値観です。お金よりも関係性、文化の民度だったり、独自の地域文化を残していたり、また、いわゆるコミュニティの中でのきずなだったり、悪く言えばしがらみだったり、こうした有形無形のものが社会関係資本なのだと思います。

─── 庄内地方がとびきり変わっていてユニークだったとおっしゃいましたけれども、どんなふうに、ここは違うなと感じられたのですか。

加藤 グリーンツーリズムのプロジェクトをやるとなって、まず協議会を立ち上げようと言ったときに、「このプロジェクトについて殿は知っているのか」と言うのですね。「え?殿?」みたいな。殿様がいて、殿様を中心としたサムライコミュニティがあり、城下町文化のようなものが残っている。そのメンバーの中に変なおじさんがいて、このおじさん、格好から変だなと思って声をかけたら、その人が自分の今の師でもあり、パートナーでもある、山伏の星野文紘さんだったのです。
 城下町文化と同時に、山伏文化、山岳信仰カルチャーのようなものも残っている。また、食文化で言うと、在来作物がたくさん残っています。一般的な野菜はF1種といって種屋さんから買って、しっかりした味に、作柄もよくなるようなものが基本的にはほとんどです。ですがここでは、自家採取といって自分たちで種を取って、もう1回植えるというやり方がたくさん残っています。在来作物が山形県で70何種、庄内地方でその半分強、40何種残っています。数で言うと、山形県は京野菜で有名な京都に次いで在来作物の数が多いようです。
 なぜそういった独自の文化が、2つだけでなく、3つ、4つが並立している、言い換えればどこに行っても身の置きどころがあるような文化の多様性が残っていて、これはなかなかおもしろいところだなと思うようになりました。では、それがなぜできているかというと、地政的、歴史的な事情があります。山形県の中でも庄内地方は、山に囲まれた平野で、それなりに農業も盛んです。明治維新のときに幕府側についていた結果、その後の国を挙げて伸びる瞬間に中央市場へのアクセス権を持てずに、域内で経済循環するより他ないようなガラパゴス状態を長きにわたって経験した結果、多様な少し古いものがたくさん残っている、不思議な場所になっているのです。

山伏文化との出会い

─── そんな中、山岳信仰文化とも言える山伏文化とどのように出会われたのですか。

加藤 とある協議会に山伏の風変わりな風貌をした方がいらっしゃいまして、こちらも元広告会社ということで、知的好奇心が湧き話をしてみました。そして名刺をもらうと、山伏と書いてある。聞いたこともないと思い、山伏って何ですか、今でも生きているのですか。修行の目的は何ですかと、いろいろ聞いてみたのです。そうすると、そんなもの、やる前から分かるかみたいな感じで、結構つっけんどんに言われてしまったのですね。やる前から分かるかと言うのなら、じゃあ、何かやらせていただくことはできるのですかと言ってみたところ、やる気があるなら来いと言ってくれたので売り言葉に買い言葉ではありませんが、ではやらせてくださいと。
 体験するに当たっては、それを他の人にも告知しようということで、告知するには、やはりねらい、目的、どういうルートで、どういうふうにやるのかというのを教えてくださいと言ったのですね。そうすると、案の定、そんなもの、やる前から教えられないと言われて。やらないと分かりませんというのでは告知のしようがないので、もう少し取っ掛かりが欲しいのですが、と言ってみたものの結局やらないと分からないとの一点張りでした。
 困り果てて、分かりました、取りあえず適当な写真と集合時間、解散時間で、やらないと分からない体験ですというので集めますと始めたのですが、それはもう嫌になるような体験で、石段を上がっていった後、何をやるのかもよく分からない。どれぐらいで終わるのかもよく分からない。何でこんなところに俺はいるのだろうというような、戸惑うことが非常に多かったです。星野さんからは、ここから先は修行だから、言っていい言葉は一つ、それは「うけたもう」だ、と言われます。「うけたもう」以外何も言うな、と。質問も駄目ですか、と言うと。「うけたもう」だろ、といった感じなので、「はい」と言うと「はい」じゃねえ、「うけたもう」だ。とまあこういったやりとりがあり、最初は本当に嫌なところに来たなと思いました。これは体育会か運動部かというような、そういったノリでした。
 とにもかくにも相当嫌なスタートでしたが、2010年の10月に山伏の体験をしたというのが最初の山伏との出会いですね。

山伏文化を現代的に解釈する

─── 山伏文化は、合理性の中で共存している人間社会とは違う部分が多々あると聞きます。具体的にはどのようなことだったのでしょうか。

加藤 まず、具体的なところで言うと、プログラムの組立てとしてオリエンテーションがありません。これはこういう意味だといった説明や解釈もない。参加者同士会話もしてはいけません。言っていいのは「I accept(うけたもう)」だけです。ワークショップであればチェックインのプロセスがありますが、参加者の自己紹介も一切させません。会社員時代の同僚がプログラムに参加したときに、星野さんに会うと、一様に目的を尋ねるのですよね。そうすると広告マンというのは目的がないと何もできないのか?と言われる。皆、「目的がないってどういうこと?」といった感じになってしまうわけです。ここで言っている合理性というのは端的に言えば目的にどうクイックに到達するかということに尽きると思うのですが、人生とは結局目的もないし、いつ終わるかも分からないといったときに、日常的に持っている合理性というもののはかなさ、それによって本来自分たちが持っているものにアクセスできなくしているというところも多数あるということを結果的に教えられたと思っています。
 山伏修行の中では自分たちの物理的な体と精神的な魂や心が、実は頭で理屈を考えている枠内でとらえられているのだと感じられます。山伏文化の特徴の一つは日常的合理性から離れるというところにあると思います。

─── 地球全体の最適性を考えるサステナビリティ的な考え方と、山伏文化の関連性はあるのでしょうか。

加藤 今、チームでやっているのは、外国人に特化した山伏修行の場の提供です。彼らからしばしば言われるのが、手を合わせて祈るということ、自分自身が自然の中に身を置いて祈るというのが、山伏修行でやっていることです。自然の中で自分たちは、実は生き物なのだ、自分たちは人間という存在の前に人という生き物の一つということを感じられるように「I accept」と言い続けて自分を開いていくのです。
 さらには、神や仏というものに対して祈るというのは何かと言うと、自分たちが理解できないものにオープンであるということなのです。人知を超えた宇宙の理というものがあるとすると、それが神や仏や精霊のような存在だと。それに対して「うけたもう」と言って、オープンであることが、実はサステナブルとつながってきます。文化や地域社会、環境が持続可能であるために、自分たち人間の理性的な部分ですべて測れるというふうに思わないという考え方を、身をもって体感できるのが山伏修行の価値であり、サステナビリティとのつながりなのではないかと思います。

─── 多様性の内包という観点はいかがですか。

加藤 結局、自分の思考の枠組みを一度外し、今身を置かれている瞬間のものすべてをうけたまわれるようになる。自分自身というものを極限まで下げ、すべてのものと一つになっていく中で、自分と外が、実は地続きのものとして見えてきます。それが多様性のスタートだと思います。多様性を自分の頭だけで考えると一つひとつが分断的に理解されてしまうのですが、実は一歩下がるとすべてがつながっていて、自分自身も含めて一つだというふうになる。これがここで言うところの多様性なのだと思います。
 山伏の宗教は何かというと、修験道というものになります。これは古来の自然崇拝、仏教、タオイズム、神道といったものが、前のものをやめて切り替えたり、前のものをつぶしたりすることではなく、常に新しいものを取り入れつつ、折り合いをつけて積み重なってできています。曖昧さ、フュージョン、ハイブリッドする集合性のようなものが象徴的にあります。
 海外から参加した人から聞いた話ですが、日本は島国で切り分かれているがゆえに、ゼロクリアされない環境にあると。大陸ですと、どうしてもスーパーパワーが来たときにすべてが一掃されてしまい、前のものが消えてしまうということが起こりうる。しかし、日本は島国で切り離されているから、適当に折り合いをつけられるよさがある。日本のユニークなところは今の山岳信仰に現れるように、宗教的に本来ルールを強く求めるようなものでも緩く集合できるところにあるのではないかということです。

加藤さんの提供する山伏修行プログラムとは?

─── 外国人向けに実施されている山伏修行プログラムについてお聞きしたいと思います。そもそもどのようなプログラムなのでしょうか。

加藤 プログラムは、死に装束である白装束に着替えて、星野先達の下、「うけたもう」とだけ言って山の中に入っていきます。1つ目の山が羽黒山。現世を表す山です。今を象徴する山にまず入り、その中を淡々と祝詞や般若心経をあげながら進んでいきます。夜になっても死人の魂としてむらの中を歩いたりもします。
 2つ目の山が月山です。これは亡くなった人の魂が上がる山、死後の世界です。月山は過去を象徴する山ですが、がれきの山道を皆が淡々と上がっていきます。山頂に着くとすべての亡くなった祖先の魂が集まる場所があり、そこで自分たち自身も死人の魂としてすべての亡くなった魂と一緒にあるという時間を過ごします。東日本大震災の際には、この出羽三山に関係ある人々も多数亡くなりました。その人たちの亡くなった魂もこの山に上がってきているという考え方で、震災以来、ここで山伏は御霊の安寧を祈っています。
 3つ目の山が湯殿山と言って、生まれ変わり後の世界の山です。湯殿山は未来を象徴する山ですが、滝の中に身を置いて、身を清めてから、最後宿坊に戻ってきて火に当たってから、神殿で生まれ変わりの儀式を行う。それが終わると、生まれ変わったということで、みんなで神酒や供物をいただく直会(なおらい)を行います。
 それまでの間は、一言の自己紹介もありませんし、皆白装束。ですので、その人たちがどういうものを身にまとっているかということで分かる記号性のようなものがほとんどありません。お互い話をしてはいけない中で、誰かさえよく分からない人と一緒に居続けるということは、大変苦痛な時間です。さらには、今日は大体何をやります、これは何時間くらいかかります、今どれくらいのところにいますとか、ここをやるねらいはこうですといったものが一切ないわけです。
 GPSもガイドマップもない丸裸の自分が、訳の分からないところに身を置かされる。さらに、普段の日常とは全く離れた時間をずっと過ごし続けることで、思考のたがが外れて、本当に自分自身の本来持っている本然みたいなものにアクセスできるのです。それを自分はトランスフォーマティブ・エクスペリエンスと表現しています。

─── トランスフォーマティブ・エクスペリエンス、日本語ではどう説明されていますか。

加藤 自己変容の通過儀礼みたいな感じですね。

山伏修行は、通過儀礼として死者と生まれ変わりの疑似体験をすること

加藤 自分がやっていることは伝統的精神文化の現代的価値の再構築と表現しています。もともと山でただ祈っていただけなのですが、実は世界各地で先住民族が受け継いでいる通過儀礼の様式やU理論、ヒーローズ・ジャーニーのようなものとかなりモデルが近いと考えています。新しい自分を取り出して、普段の日常に戻ったときに自分の新しいミッションが取り出し得る構造になっているといったように理論づけてやっています。

─── 現在から、過去へ行き、未来へ行って戻ってくるというプロセスを経ることで生まれ変わりの疑似体験をするということなのでしょうか。

加藤 そうですが、実際にはそういった説明は一切しません。それを知らないからこそ機能するという考え方です。結局、今2番のステージにいます、といったことを説明してしまうと、思考のたがを外しきれません。死とは生きている人間は誰も経験したことがない、理解不能なものです。死を念頭に置くということ自体が人間社会の合理性では測りきれないため、そういう意味で死者体験、死の疑似体験といったものが有用なのだと伝統的に認識されていると思っています。自分の枠組みを外す上で臨死体験が有用だと昔の人は期待したのでしょう。
 ネイティブアメリカンで言えばビジョン・クエストという通過儀礼がありますが、世界にあまたある通過儀礼は、自分の知っている世界から離れるという点で共通しているようです。山伏修行は世界各地にある通過儀礼の日本版だと受け止めています。

─── 通過儀礼と聞くと一般的には若者から大人になるときのトランジッションとして経験すべきことかと思っていましたが、必ずしもそうとは限らないのでしょうか。

加藤 自分の置かれている状況から次のステージへ行くとき、自分の思考の枠組みが今一つ機能しなくなっているときに必要とされるものだと思います。自分が新たなコミュニティ、世界、ステージに移るときに、自分の今までの常識が通用しない状況というのは誰しもあると思います。通過儀礼は、何を頼りにブレイクスルーしていくかというときに機能する。自分の過去のやり方を手放して、もう一度自分自身の奥底から自分が本来持っているものを取り出し、今一度新しいコミュニティやステージと照らし合わせて、自分の居場所と出番みたいなものが再構築されていくというのが通過儀礼のありようだと思います。

山伏修行がビジネスパーソンにもたらすものは何か?

─── 山伏修行には企業経営層の参加も多いとお聞きしました。経営層が参加する動機、またそういう方々の反応はどのような感じでしょうか。

加藤 ある程度成功しているものの、さらにブレイクスルーしたいという人が多くいらっしゃっている印象です。これまで考え抜いて、実践し抜いてはいるのだけれど、やはりそれだけでは自分の打ち手、判断に限界がある。こうしたときに、今一度自分の感性や直感のようなものを取り戻したいという動機です。実際参加してみると、自分が死ぬとしたらどう感じるのか、頭で考えるのではなく体で感じたときに、自分の中にあるものが動き出す。自分の昔の原体験、自分は元々こういうものを持っていたのだとあらためて思い出したという声もあります。祖先とのつながりが薄くなりつつある現代において、参加者に用意する宿坊というのは地域の人々が先祖代々利用してきた場所であり、祖先とつながり合う場所という意味もあります。自分の祖先もここでこういう体験をして、自分の子孫もこういう体験をしていくといった時間軸の中に身を置くことでインスパイアされることもあるようです。また死者の魂が集まる山に上がって、本当に何もないがれきの中で祖先にまつわる話を聞き、よく分からない祝詞を改めて祈り直してみたときに、死というものに自分が近づく。そして自分の持っていたフレームワーク、思考の枠組みが外れていく経験をされる方が多いです。
 結果的に、自分はこういうときにこういう反応をするのか、自分はこういうときにこういう物を大切にしている人間なのだということに気づくのです。その人なりに、ぴんとくるインスピレーションが得られるという印象です。

─── こうした山伏修行体験を提供される中で、スピリチュアリティが企業経営に与える影響について何か思われるところはありますか。

加藤 先日ある研修を受け入れたときに、難しい部分もあると感じました。死との向かい合いとは、結局属人的なもので、自分が自発的にそこに身を置かないと気づきにくいところがあると思います。研修だから来てくださいといった感じで内的動機が十分でないまま、指示されたから来ました、という人の中では機能しにくい瞬間があるとは思います。逆に、集まる前や、その場に来たときに、参加者がしっかりと研修にコミットできる状態になってくれれば、チーム全体の動きとしてはよくなるわけです。
 なので、死という訳の分からないところに身を置き、自分の過去のフレームワークを壊してみようということに意味を見いだせる人たちがチームとして参加できれば大きなブレイクスルーを生むと思います。
 かつ、参加者の人たちとやりとりして感じるのは、別れた後も、今この瞬間が本当に貴重な時間だったなと思えるようにすることの大事さです。無理に先々まで同じチームであろうとして強引に求心力を持つのではなく、最後は皆死ぬという意味でも別れとは必然であると認識する。そのうえで、この瞬間に一緒にいてよかったと思える今の関わり方、今の生かし方、そして、今の関係性のあり方みたいなものをどう作っていくか。チームの役割や意味を、例え後で別れたとしても有用だと思えれば、今のこの瞬間がすごく生きてくる。死を前提にしたときにこの貴重なご縁で一緒にいた瞬間というのが生きるとしたら、どういうことができるだろうという観点でチームビルディングや、チームのミッションを考える。つなぎ止めという発想ではないものが、これからの時代の組織運営には必要になるのではないかと思います。
 今後日本企業も生涯雇っていくということは厳しくなるでしょうし、次のキャリアにも生きることを、それぞれの人がしっかりと考えるということを明示的にやるのは、今の時代に求められていることではないかと思います。

─── 加藤さん自身も経営者という立場として取り入れているものはありますか。

加藤 今言ったことに加えて、経営者的にはみんなそれぞれが大切にしていることを、しっかりとお互いにリスペクトできるようにしようということをチーム運営、組織運営として意識しています。

 結局頭で考えるのではなく体で考えるということなのですが、体で考えたり感じたりすることは人間社会にいると基本的に不得手になります。それは社会の規範、メンタルモデルが、こうすべきというプレッシャーを日常的に与え続けているからです。小さいうちからそうやって育てられてきて、社会規範のプレッシャーが社会の中に蔓延している。これをいったん取り外す訓練を日々提供している立場ですので、自分たちも自分自身が今感じていることをまずしっかり大事にする、自分へのアクセスや自分へのリクエストをまずは大切にする。その上で、チームの他の人や社会、地域での関わりに向き合うということを大切にしています。その結果、お金がついてくるのではないかと思っているところです。

─── 誰もが山伏になれるわけでもありませんし、現地で体験できるわけではないとは思います。そうしたときに、今日からでもできる考え方、心がけといったものはありますか。

加藤 自分の中で言うと、やはり「うけたもう」という言葉に尽きると思います。一瞬でよいので、置かれている状況を、すべてうけたまわってみると、日常を色鮮やかにすると思います。経営者であれば、それによって自分にアクセスできるようになり判断力を上げたり、新しいものを生み出したり、自分自身とチームのパフォーマンスを向上させるのではないかと思います。ですので「うけたもう」という返事、あり方は、おすすめしているところですね。

─── ありがとうございました。

(Interviewer:帆刈 吾郎 本誌編集委員)

加藤 丈晴(かとう たけはる)
株式会社めぐるん 代表取締役

神奈川県横浜市出身。羽黒山伏(先達)。株式会社博報堂を退社後、2011年に山形県庄内地方鶴岡市に家族と3人でIターン移住。同年、羽黒山伏となる。「幸せで持続可能な家族、地域へ」をミッションに、株式会社めぐるん起業。地域文化交流事業、山伏修行、自然エネルギーなどに取り組む。現在、海外の人向けに、山伏体験、巡礼体験など、主に出羽三山エリアでの精神文化による自己変容プログラムYamabushidoプロジェクト、また、手向地区宿坊街を対象にして稼ぐ事業による持続可能な地域づくりプロジェクトを推進中。趣味は読書(最近は息子オススメの漫画)、自分マネジメント。散策。