『未来への共創
Co-innovating tomorrow
横河電機が挑んだリブランディングの軌跡』

『未来への共創 Co-innovating tomorrow
横河電機が挑んだリブランディングの軌跡』
横河電機ブランドブック制作委員会 著 日経BP

 変化の激しい現代において、経営課題は益々複雑化している。収益性向上、人材育成、生産性向上、技術開発、営業力強化、顧客開発、従業員エンゲージメントなど、社会の動きに呼応し、先を見据えた検討と実践が問われる。これらの根底にある基盤として機能するのが、ブランディングではないかと思う。経営者や行政の首長と意見交換をする際に、必ず話題になるのが、ブランディング、リブランディングである。価値を高め、社会からの支持や共感を得て、選ばれる存在になるために、皆が日々努力を続けている。ブランドに関する研究書、実践書は国内外に幾多あり、特にマーケターたちはその多くに触れて独自の考え方や方法論を構築している。しかし、そのプロセスには多様な人や組織が絡み合うこともあり、納得のいく成果を出し続けることは容易ではない。
 歴史あるグローバル企業の横河電機が、自社のブランド戦略の取組や活動の記録を体系化して書籍化すると聞いた。ブランド価値やブランド文化の意味を探究しながら明文化し、特にBtoB事業会社のブランド担当者に参考となる書籍にしたいという。先駆けて、同社の「地球の物語の、つづきを話そう。」(2019年)キャンペーンの広告が気になっていた。その背景にはブランドアンバサダーとして、企業文化の変革を担う社員の姿があった。ブランドが語られる時、理論、戦略、要素、体系化等がまず想起されるが、本書には、実践において大切なのは「論理的に考え抜いたその先の、理屈を超えた共感」とある。多彩な研究者や実務家の考えも取り込み、ブランドを活用した企業変革の軌跡を追体験し、未来を考えることができる書なのだ。
 企業には歴史がある。社会の中で事業活動を行いながら、新たな役割や使命を発見し、気づくこともある。理念、戦略実行、活動の記録をシステム化して、読者が活用・応用できる「財産」にしてくれたビッグチャレンジを讃え、未来に向けた議論が活発化することを願う。進取果敢な活動ながら、装丁、判型、束、の全てが爽やかであることに本書の醍醐味も伝わってくる。

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学校法人先端教育機構 事業構想大学院大学
学長 田中里沙


『デジタル時代のブランド戦略』
田中 洋 編 有斐閣

 本書は、日本のマーケティング・消費者行動研究を牽引する研究者たちが、各々の専門性を活かしながら、デジタル時代のブランド戦略を明らかにすることを目指した傑作となっている。
 その読後感は、本書には大きく2つの視座があるということであった。1つは、私たちの生活の隅々にまでデジタルが浸透した社会において、文字通り新たなブランド戦略の在り方を探求しようとする視座である。もう1つは、(1950年代のブランド・イメージ研究以降)70年以上の歴史を積み重ねてきたブランド論から、デジタル社会そのものを多面的に環境分析しようとする視座である。各章いずれの視座も包含しつつ、その色彩の濃さから大別するのであれば、評者の印象は、第2、3、5、6、8、9、11章は前者であり、第1、4、7、10章は後者である。そして、いずれの視座においても、次代のマーケティング・消費者行動に関わる研究と実務において、新たな着想を与えようとする示唆に富む内容であった。
 とくに編著者が執筆された第1章では、「信号化」と「理念化」という巧みなワードセンスで、デジタル時代のブランドの変化の方向性を示唆していたことが印象的であった。ブランドの「信号化」とは、情報過負荷が進む現代において消費者の注視を獲得することが難しくなっていることから、いかに端的にブランドからメッセージを受け取ってもらうかということである。このことは、ブランドのセイリエンス(顕著性)が重要視されていることと同等であり、デジタル時代のマーケターの仕事は、ブランドのマスターアセットを形成することに注力すべきであるという論調とも重なる部分がある。一方で、ブランドの「理念化」とは、ブランドに倫理的側面や直接的には感知できないような価値観を宿すことによるパーパス・ブランディングの実践(たとえば、ブランドのオーセンティシティの醸成)を説いた内容となっている。
 ブランドのエクイティ論やアイデンティティ論など、旧来のブランド論の感覚で留まっているのであれば、2020年代のブランド論へと自身の感覚をアップデートする契機として、本書はぜひ手に取っていただきたい。

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関西学院大学商学部
教授   西本 章宏