INTERVIEW


企業広報で注目される企業目線
「新時代の企業ブランディング」


オウンドメディアを活用したコーポレートブランドの成功事例

大槻 幸夫
ブランディングアドバイザー
元サイボウズ株式会社 
コーポレートブランディング部 部長

INTERVIEW

───ます、自己紹介とサイボウズでのご活躍の概略をお教えいただけますか。

大槻 大学を卒業してから、知人と3人でIT系のベンチャーを立ち上げました。危機管理情報サービスのレスキューナウという会社です。当時はIT革命と呼ばれた時代でした。起業が当たり前だ、といった風潮があり、自分もそこに乗せられたようなところはありましたが、5年くらい会社経営をした後、2005年にサイボウズに転職しました。
 最初、マーケティングを担当していたところ、社長の青野さんが「これからは何か新しい取り組みをしていかないといけない」という経営方針を打ち出しました。そこで、提案したのがオウンドメディアという形でサイボウズを発信することです。コストをかけずに幅広く市場にリーチでき、サイボウズという会社を知ってもらう可能性がありますよ、と提案したところ、すぐにGOサインがでました。
 そして、2012年5月に「サイボウズ式」というオウンドメディアを立ち上げました。そこから試行錯誤し様々なメッセージを発信していきましたが、結果、働き方改革とサイボウズのイメージが合致したことで、幅広く市場に浸透しました。知られざる中堅ITベンチャーが、働き方改革先進企業として多くの方に知っていただける会社に成長したのです。自社調査の結果、認知度は最初10%台程度でしたが、約50%近くにまで上昇しました。

───BtoB企業が市場に広く浸透することは必要なのですか。

大槻 BtoBのソフトウエアの入れ替えなど担当者が検討するタイミングが来たとき、知らない会社のモノを導入するということが大きなハードルの1つになると思います。さらに言うと、ひとり一人のワークライフバランス、幸せと働きがいということを追求している会社という良いイメージと知名度の高まりが、お客さまの製品選定にポジティブな影響を与えてくれたと感じています。実際、サイボウズから2011年に発売を開始した「kintone(キントーン)」というサービスは働き方改革というイメージが重なったことで売上げを伸ばし、会社の成長に大きく寄与しました。

───働き方改革に着目されたきっかけは何だったのですか。

大槻 きっかけは、サイボウズ式で働き方の記事のPVが他よりも伸びたからでした。その結果を見て、2013~2014年に働き方が世の中のビジネスパーソンの関心事になってきたことにフォーカスしたのです。自社のことは語らず、読者の目線で伝えていくメディアにした結果、記事は読まれ、シェアされ、SNSのヘッドラインとしてサイボウズ式というメディア名が入るので、サイボウズってこんなことをやっているんだ、と認知が広がることとなりました。

───最もうまくいった成功事例は何でしたか。

大槻 大きな成果は、2014年12月に公開した働くママのムービー「大丈夫」です。当時、まだ働き方改革が大きな声になる前に、女優の西田尚美さんを起用したムービーを作りました。
 一番大変な“働くママ”をターゲットにして、共感を大事にコンテンツを考えました。子育て中の女性を監督として起用し、何の変哲もない子育ての日常を“サイボウズが考える働くママの現実ってこんな感じですよ”と伝えていきました。サイボウズで働いている子育て中の女性社員にも話を聞いて、働くママをサイボウズが応援していることを表現しました。逆に、押しつけがましい企業視点は排除しました。
 そのムービーを配信したところ、広告は入れませんでしたが、YouTubeで160万回ほど再生され、テレビも取り上げてくれるようになりました。ワイドショーなどでも取り上げられ、それを元にスタジオでディスカッションをするようなことも起きましたね。新聞にも出ましたし、いろいろな賞もいただき、良い結果を生みました。

───マーケットの観点ではいかがでしたか。

大槻 今までマーケティング部の仕事は、お金をかけて媒体に広告を出していくということでしたが、広告など今どきは見られなくて、それよりもネットで“これっていいよね”というユーザーの声が集まったものにメディアが乗ってくるという順序に変わってきているなということを実感した取り組みでした。
 イノベーター理論でお話すると、サイボウズの場合、先端層は情報システム部の人で、僕らはこれまでそこへアプローチしていたのですが、エンドユーザーの一人である働くママにターゲットを置いて、働き方改革のメッセージを発信していくことで、結果的にマスマーケットに浸透していきました。
 ストーリーで伝えるということは記憶に残ります。人類がこれまで何万年とかけてきた英知だと思うんですよね。なので、エモーショナルに伝えるため、受け手にとってのバリューをわかりやすく伝えるために実際の生活シーンに例えるなど、表現する手法がすごく大事なんだなと思っています。働くママムービーを流した時、サイボウズの社員がお子さんを保育園に連れていくと、“あれ見たわよ”と保育園でお母さんたちの中で話題がでて反響があったようです。想定以上に反響が大きかったので、結局テレビCMでも流すことになりました。

───結果的に働き方改革や働くママの支援がブランディングにつながったのですね。

大槻 サイボウズはもともとグループウエアメーカーだったのですが、2008年頃から社長の青野さんが「うちはグループウエアを提供するツールメーカーではなく、“チームワーク”という価値をお客さまに届ける会社なんだ」と言い始めたんです。その当時、社員は誰も社長が言っていることを理解できず、チームワークって何だよ、チームワークでグループウエアって売れるのかよ、というのが現場の社員の反応でした。
 それがサイボウズ式を始めて、チームワークに関する記事を発信していったところ、いいね!が何千件も付いたり、ページビュー10万、自分のSNSにもタイムラインで流れてくるという事態を目の当たりにして、社内の意識も変わっていった気がします。青野さんの提唱した「チームワーク」という価値(パーパス)にみんなが気づき始め、そこから自分たちで、チームワークって何なんだという探索が始まりました。社員の感度が高まり、全社的な一体感につながりました。
 ブランドが本当に統合されていくと、それがまた効果を生んでいくと考えられます。“サイボウズの誰に会ってもチームワークって言うんだね!”的なことになってくると、さらにすごいブランドができ上がっていくという好循環が生まれてきたと実感しました。

───IRや投資家向けのコミュニケーションについてはいかがでしょうか。

大槻 現在、経営陣と社員の持ち株会でシェアが50%近くなっています。特殊な事例にはなっていますが、短期売買の株主より長期保有のファン株主を増やしたいという考えがあり、そのためにサイボウズが何を目指してやるか、サイボウズ社員が何を考えて行動しているかということをイベントやオウンドメディアで伝えてきました。2017年から続けた結果、ファンとして株主になる方も現れ始め、じわじわと効果を生んでいたようです。

───サイボウズ式オウンドメディアが続いている理由について教えてください。

大槻 ブランディングにとって大事な信頼がどこから生まれると言うと、やはり継続していることだと思います。サイボウズ式オウンドメディアは、毎月何本記事を上げるかではなく、メンバーが興味を持ったことやとことん興味を持って調べられることが見つかったら記事にするというルールでやってきました。結果的に半年くらい記事がなかったときもありましたが、それが長く続くメディアのコツだなと感じています。決めごとを作らないということが継続して良い記事を出すことにつながり、良い記事が出ると、バズって、読まれるという好循環を生み出していきます。

───編集会議ではどのような話し合いをされていましたか。

大槻 編集会議では、立ち上げ当初、世の中にこんな話題があるねとか、SNSでこんなことで盛り上がっているねということを取り上げて話題にすることが多かったですね。それに関心を持ったメンバーがいたら、深堀してみようという感じでした。その後、徐々にサイボウズの中にコンテンツが貯まってきた後は、世の中の関心事と自分たちが持っているリソースを重ね合わせ、おもしろいものにしていくことを大事にしていきました。
 読者にとって学びがあるおもしろいことにサイボウズというブランドが自然と重なっていく、そこをいかにうまくやるかというのがオウンドメディア編集の大事なスキルだという話をしていました。企業広報あるあるだと思うんですが、企業の言いたいことを言っている記事は、全然おもしろくない。まず、おもしろい記事をつくることが大切、と口を酸っぱく伝えてきました。

───キーワードは「おもしろい」のようですが、大槻さんの「おもしろい」のポイントは何ですか。

大槻 「デイリーポータルZ」(無料娯楽サイト)みたいに読んで笑えるものなど、おもしろいにもいろいろあります。サイボウズから発信するものは、学びがあるおもしろさだと思っています。今までのバイアスを崩して新たな学びを得る、例えば「会社って休んでいいんだよ」、「めんどくさいと言っていいんだよ」、極端に言うとそんなテーマを探してきました。読んでもらうには、タイトル付けも大事です。特に、広報から来たメンバーは記事を一言でまとめたようなタイトルを付けることが多く、「これ、読む?」って思ってしまうこともあります。タイムラインにたくさん流れてくる情報の中でスクロールの手を止めて読んでもらうには、「学びがありそうだから、おもしろそう」と一目で見て食いついてもらえるようなタイトルが必要です。

───サイボウズの差別化戦略についてはいかがでしょう。

大槻 サイボウズの競合は、GoogleやMicrosoftなど世界の超々グローバルカンパニーで、比べると、ゾウとアリみたいな感じで全くかなわない。そこで、「日本社会における日本人の働き方」というカテゴリでナンバーワンになれました。マーケティングにおいては差別化が大事ですから。

───今注目されているメディアは何ですか、

大槻 注目している1つ目は、「トヨタイムズ」ですね。トヨタが始めたオウンドメディアです。あれだけ重厚長大なジャパニーズ・トラディショナル・カンパニーであるにも関わらず、YouTubeで発信されているんです。最初は自社を称えるような感じのコンテンツだったので、こんな感じかと思っていたら、そのうち春闘の様子とか、刺激的な内容を流しているんですよ。ここまで会社の内情を公開している大企業はないというところがすごい。極めつけが、先日の社長の交代についてです。記者会見せず、オウンドメディアで発表して、メディアはオウンドメディアをネタに書くという状況が生まれていました。
 糸井重里さんも言っていましたが、これからは自分たちで人の流れを作れる会社がナンバーワンになれるだろうと。自分たちで銀座の一等地を作り、そこにお店を出したら売れるよねという話だったんですね。今まではマスメディアやAmazonなど、そういった大きい会社に頼っていたのが、自分たちのコンテンツ次第でお客さまの流れを作ることができる。しかも、自分たちに関心のあるお客さまに来てもらえる。
 オウンドメディアの取り組みは、手軽なコストのかからないコミュニケーションにとどまらず、長期的に考えると、自分たちがメディアを持つことでお客さまに対して効果的なコミュニケーションができる。また、オウンドメディアを活用するスキルを身につけないと生き残っていけない時代なのかなと思ってます。それを「トヨタイズム」で一番感じました。
 2つ目は、サイボウズ式はテキストでやってきたので、動画の流れが気になっています。YouTubeやTikTokですね。メディアの特性としての違いがあり、特にTikTokは1分以内の短い番組で、スワイプでパパッと見られるというところにみんなの関心が集まっています。ターゲットの年齢層も広がり、ビジネスコンテンツも増えてきていますし、ショート動画の可能性も大きく拡大していると感じています。
 2つに共通するポイントは、やはり「おもしろさ」というのが大事です。おもしろさは、受け手が持っているバイアスを崩すことですね。自分たちが言いたい言葉で語らないこと。おもしろさというのは、受け手にとっての価値ということです。言いたいことを言うんじゃなくて、受け手にとって何がおもしろいか。だから、TikTokで受けている企業アカウントは、会社のことを言ってなくて、TikTokで流行っている踊りを経営陣が踊っていたりしますよね。それが常に正しいとは言わないですが、姿勢としては正しいですよね。そこに発想転換ができるかということが問われていると思います。

───これからは、おもしろさを提供できる会社が生き残っていくということなんでしょうね。本日はありがとうございました。

(Interviewer:徳田 治子 本誌編集委員)

大槻 幸夫(おおつき ゆきお) 
ブランディングアドバイザー
元サイボウズ株式会社 コーポレートブランディング部 部長

大学卒業後、知人と株式会社レスキューナウを創業し、2005年にサイボウズへ転職。オウンドメディア「サイボウズ式」を立ち上げ、初代編集長を務める。以降、ムービー「大丈夫」、アニメ「アリキリ」、TVCM「がんばるな、ニッポン。」などのブランディング施策を担当し、サイボウズの働き方改革を様々な手段で発信した。2019年には出版事業「サイボウズ式ブックス」を立ち上げ、新しいIRにも挑戦していた。2023年より株式会社に転職。コーポレートブランディングを担当。