『ラグジュアリー産業 急成長の秘密』
『Slowdown 減速する素晴らしき世界』

『ラグジュアリー産業 急成長の秘密』
ピエール=イヴ ・ドンゼ 著 有斐閣

 日本人が欧米ブランドに触れたのは70年代。馴染みのブランドの数々だが、市場・企業・ストーリーもすっかり大変貌を遂げている。著者は、日本在住のスイス出身の経営史学者で、時計産業を起点にしたラグジュアリー産業全般についての数多くの著作がある。そのエッセンスが詰まった書籍である。 
 第一部では、グローバル市場の変化と、企業の競争優位性、ブランドマネジメントが論じられる。フランスの革製品の輸出データをみると1974年には5%に満たなかった日本への輸出は1990年代には30%を超えるまでに増大したのだが、近年5%以下に縮小している。中国市場の拡大が背景にある。
 巨大な新興市場への素早い進出を可能にしたのが、コングロマリットの財務と経営の複合体、そして、ブランド・ヘリテージにもとづく価値創造のマーケティングであった。レバレッジを効かせた超グロース志向の投資を行うと、見返りとして、高い成長率と収益性の維持が求められる。販売側の成長ドライバーが、ブランドである。
 ストーリーというと、日本人には胡散臭く聞こえるかもしれない。歴史教育にはうんざりしている中国の消費者もフランスの歴史物語など特に興味がないだろう。著者も、この点を直截的に指摘し、ディオールの例を挙げ、発表当時は懐古趣味として非難された「ニュールック」が、いかに、革新的価値創造の騎手として再創造されたのか、という視点から、一歩踏み込んだ議論をしており、傾聴に値する。
 欧米企業といっても、コングロマリット経営に卓越しているのは、LVMHとケリング、リシュモンである。第二部では、イタリアの独立系企業、工業グループ、地域に根差した企業など、多様なプレイヤーが紹介されるが、なぜフランス(そしてフランス語圏のスイス)にだけコングロマリットが成立しえたのか、比較経営史的にも非常に興味深い材料が豊かに提供される。
 筆者は、90年代に話題となったLVMHの持ち株構造の議論や、のれん資産の減価償却に関する国際会計基準の議論を思い出した。ブランドを実体的な資産と認識するフランス的な制度により、自己資産比率を高く維持し、持ち株構造と合わせて、レバレッジを何倍にも利かせられる。その帰結に改めて目を見開かれた。
 日本のブランドは何が学べるだろうか。終章にある著者の解題を楽しみにされたい。

Recommended by
一橋大学大学院 経営管理研究科 教授 
山下 裕子


『Slowdown 減速する素晴らしき世界』
ダニー・ドーリング著 遠藤 真美 訳 東洋経済新報社

 オックスフォード大学の地理学教授が発刊した、多方面への問題提起の書籍である。
 技術革新の進展や世界経済の拡大は、これまで企業経営やマーケティングの前提になっていた。著者はこれを「迷信」と切って捨てた。人類史上過去5世代は、異常な時代であったということを、人口、経済を中心に様々な指標を、独自の図表化の技法を使って示している。
 すべての指標の指し示す意味は、加速度的な成長から停滞、そして減少へと向かうということである。通常このような予想は、厳しく暗い未来へと演繹されがちであるが、著者はまるで正反対の主張を展開する。拡大や成長から解放されることは、人類が「安定」へと向かうことで、明らかに人々の生活はよい方向へ向かうと言う。最初この主張は楽観的過ぎると思っていたが、読み進んでいくと納得できるものとなった。
 現在人類が直面している環境問題、格差問題も、人類の過去5世代の間に深刻化したもので、成長・拡大といった「私欲が野放図に強くなった時代」の結果であるとする。この5世代以前の社会では、多くの人々は自分の親とほとんど変わらない暮らしをしていた。つまり、経済の拡大を取り合う結果、苛烈な競争を人々・企業・国際社会にもたらし、多くの禍を生んだとする。
 たとえば現在の格差問題を作る最大の原因は投資活動であり、もしも経済が拡大しなければ、投資は利益を生まなくなる。その結果格差問題は解消するという考えである。
 わが国では人口がピークアウトしてから10年強、経済が成長を止めてからからもはや20年以上が経過している。皮肉なことに著者は日本をSlowdownの先進国だと評価するが、この間、日本人の暮らしは安定に向かい幸せになっている実感は得られていないように見受けられる。成長を必ずしも前提とせず、人々が幸せでいられる世界を作るために、マーケティングは何ができるのだろうか。 

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トランスコスモス株式会社 上席常務執行役員 
福島 常浩