INTERVIEW


志:日本成長の鍵は女性取締役

Tracy Gopal 氏
Japan Board Diversity Network(JBDN)創業者

日本との深い関わり、
そして疑問

 Tracyさんは、サンフランシスコ在住の米国人でありながら、日本企業の取締役会改革、つまりガバナンスと多様性促進、女性取締役の育成に力を尽くしている。彼女のあふれる情熱とエネルギーは多くの人を惹きつけ、たった一人で始めた活動が今大きなコミュニティとなっている。

───Tracyさんの、JBDN設立に至る経緯をご紹介いただけますか。

Tracy JBDNは、日本の現在の女性取締役やリーダーを結び付け、育成し、将来の女性取締役のパイプライン構築と多様なグローバル女性人材の発掘支援を通して、日本の成長を促進することを目的として活動しています。
 私はEY(監査法人)、GCA(M&Aコンサルタント会社)、ISS(世界最大級の議決権行使助言会社)で20年間、企業取引とコーポレート・ガバナンスを中心にキャリアを積んできました。最初はEYでしたが、私は分析に長けていたので、バリュエーションのチームで仕事をスタートしました。今から思えばそれが、企業価値への深い知見や何が企業価値に寄与するかに関する洞察を与えてくれたのだと思います。その後リストラクチャリングのグループに移り、再建や破産の局面を通じて、「リスク」についても関心を持ちました。企業経営に関わる人たちが、どこでどのように警笛を鳴らすか?企業価値向上に取り組む中でも、ある種懐疑的に見る視点をどう持つか?ということですね。局面局面の経営判断以外に、業界の構造転換は起こるわけです。たとえば、Blockbuster LLC(米国のビデオ・DVDレンタルチェーン)に対するNetflixのように。どのように企業価値を上げるか、次にどのようにリスクをマネージ、あるいは軽減するかに携わってきたことが、ガバナンスを専門とするきっかけとなったのです。
 EYやGCA、ISSで働いた時代に、何度も日本のプロジェクトに携わってきました。そんな中で、私は日本企業がいかに多様性に問題があり、企業価値創造を重視しておらず、コーポレート・ガバナンスのグローバル・スタンダードに合致していないかも知ることとなりました。キャッシュフローへの理解も浅く、ROE(自己資本利益率)も重視されておらず、多様性もないのですからね。女性が日本で仕事をし続けて、キャリアを向上させることがなぜ難しいのか、理解に苦しみました。このような20年以上の経験が、JBDN設立へとつながっていきました。

───特にボード(Board of Directors:取締役会)における多様性に焦点を当てたのはなぜでしょうか。

Tracy 私は市場のニーズに基づいてJBDNを立ち上げたと思っています。日本の将来にとって女性は極めて重要であり、取締役会に女性がいない、あるいは少ないのであれば、日本は進歩しない、言葉を変えると、取締役会に女性を登用することが、会社全体のジェンダー・ダイバーシティを推進するためのもっとも手っ取り早く実現可能な方法だと信じていたのです。
 先ほどお話しした通り、取締役会にはコーポレート・ガバナンスに対する深い理解が欠けていることも問題だと考えていたので、進んで学び、行動を起こす女性を登用することがガバナンス向上にもつながると考えました。
 ビジネスとしては役員候補者のサーチ業務がわかりやすいのですが、私の最優先事項は取締役会における多様性の啓蒙と教育、コミュニティの創造でした。なぜなら、人材紹介サービスだけでなく、知識、インスピレーション、行動のためのツールに対する市場ニーズがあったからです。日本の様々な会合で、ガバナンスや多様性について講演をする中で、「海外の事例を知りたい」、「海外で起こっている変化を知りたい」というニーズがあり、であれば自分でネットワークを作って、このような啓蒙を行おうと考えたのです。

志とパッションで
道を拓く

───JBDNの設立は、お一人で取り組まれたのでしょうか。それとも同じ目的意識を持つパートナーと協働されましたか。

Tracy 一人で設立したのですが、多くのサポーター、友人に助けてもらいました。実は私は、自分自身のことを「スーパー・コネクター」だと思っているのです。人と人とを繋いでコミュニティを作ることが大好きです。私は、コーポレート・ガバナンスの分野でユニークな経験や教育プログラムを提供できます。この自分のスキルに、スーパー・コネクターである自分、30年来の日本に対する個人的な情熱がある自分を加えて、「コーポレート・ガバナンスと女性」という、日本が弱い2つの分野で日本を支援したい、経済を活性化させる役割を果たしたいと思ったのです。
 それでも最初はスモールスタートでした。取締役会における多様性の啓発と言いながら、同時に多くのキャリア女性が財務諸表を読めないでいることも知っていました。ファイナンスに関する知見を日本のキャリア女性にもっと深めてもらおう、こういった取組から始めました。

───JBDNのネットワークやコミュニティを創る、広げるのではなくイチから創る、まさに本特集のテーマであるパイオニアシップだと思います。どのような開拓のストーリーだったのでしょうか。

Tracy 知り合いの一人ひとりにリーチしていくことから始めました。まずは佐々木かをりさん注1。自分のアイデアをぶつけ、メンバーになってもらえないかと頼んだら「Yes」と返事が来て、飛び上がって喜びました。キャシー松井さん注2にも、名誉会員になってもらえないかとアタックし、「Yes」と返事をもらいました。そして、ジェニファー・ロジャーズさん注3、といった具合に次々にリーチしていきました。

注1:佐々木かをり氏:株式会社イー・ウーマン 代表取締役社長
注2:キャシー松井氏:MPower Partners ゼネラル・パートナー、元ゴールドマン・サックス証券株式会社 副会長
注3:ジェニファー・ロジャーズ氏:アシュリオン アジア担当法律顧問、川崎重工業株式会社他、日本を代表する企業の社外取締役も務めている

───ご自身の何が、彼女たちを「Yes」と言わせたのだと思いますか。

Tracy 非常に高い成功確率で、Yesと言っていただきました。これは一つには長年にわたる関係構築の結果なのだと感じています。これまで、彼女たちそれぞれのコミュニティに最大限の協力をしてきました。また彼女たちが主催するコンファレンスでもスピーチをしてきたりと、関係を築いてきました。他方で、まったく面識のない方たちにも勇敢にアタックして、多くの方に「Yes」と言ってもらいました。理由はなんでしょう?私のパッション、エネルギー、ポジティブさ、努力を感じていただいて、信じてみよう、と思ってくださったのではないでしょうか。

───そういえば、Tracyさんがまったく面識のなかった私に最初にコンタクトくださったのも、LinkedIn(世界最大級のビジネス特化型SNS)を通じてでしたね。初めてお話ししたときにとても共感したことを覚えています。

Tracy ありがとうございます。おそらくそう感じていただいたのは、私の志が通じたからではないかと思うのです。もちろんビジネスで成功したいという思いは自分にもありますが、その前に、自分の問題意識をもって日本にインパクトを与えたい、という情熱が強くあります。そして、JBDNのメンバーの方々に成功してもらいたい、こういった志を感じてもらったのではないでしょうか。

───JBDNをスタートしたのは2021年の4月ということですから、まだ3年も経っていません。この短い間によくここまで大きなコミュニティとなりましたね

Tracy 最初のイベントが2021年6月のZoomイベントで30人集まりました。その後、パートナーやメンバーをどんどん増やしていきました。そして10月にゴールドマン・サックスから最初のライブ・イベントを主催してほしいと言われました。COVID-19で日本もまだ開国していませんでしたが、ゴールドマン・サックスのエンゲージメント責任者でスチュワードシップ責任者の方が、「あなたのテーマは我々にとっても非常に大事なミッションです。だから10月に東京であなたのライブ・イベントを開催したい」と言って予算を確保してくれました。こういった活動を通じて少しずつ私自身が知られるようになりました。
 JBDNを始めてから3年経っていませんが、始めるまでには5年を費やしました。今はコミュニティが広がったことに安住するのではなく、毎週何か違うことにトライしています。毎週多くの人に会い、何が自分にとってワークするのか探すことをあきらめることはありません。こういった交流から日々多くの喜びをもらっています。実は私のEmaiフォルダに、「Feel Good フォルダ」を作っているんですよ。こんなこと2度と起こってほしくないと思うような出来事や嫌なことも当然たくさんありますよね。でも自分を励まして前に進みたい。だから、Feel Goodフォルダを作ってあるのです。
 ただ、立ち止まって、「Tracy、よくやった」と言うような時間はありません。私にはもっとできることがある、どのように次に進んでいくのかに集中したいと思います。私自身は自分がパイオニアというよりも、アントレプレナーだと思っています。もっと日本に貢献するために、たくさんのアイデアがまだまだあるのです。

Say Yes!

───パイオニアシップという点で、日本企業に何を期待していますか。

Tracy 日本企業全体について考えるならば、グローバルな舞台でより競争力を発揮するためのマインドセットを開拓してほしい。そのためには、企業価値とコーポレート・ガバナンスを重視する必要があります。AIやテクノロジーによって従来のビジネスが破壊されようとしている今、企業は、経営陣と取締役会の両方で、型にはまった人材ではなく、最高の人材を奪い合う必要があると思います。

───では、パイオニアシップという点で、日本女性には何を期待しますか。

Tracy もっと「Yes!」と言ってほしい。女性はさまざまな理由で昇進やプロジェクトを断ることがありますよね。答えが絶対的なNo、あるいは不可能だとわかっていない限り、デフォルトとしてまずは「Yes」と言ってみてください。
 次に、継続的な学習に投資することです。女性は新しいスキルを学ぶことで自信をつけることができます。 例えば、JBDNは女性のネットワークですが、ダイバーシティのメリットについて話すことはありません。私たちは企業価値、PBR(株価純資産倍率)が1より大きくなければならない理由、気候変動、アクティビズムについて学んでいます。
 実際JBDNはパイオニアのネットワークなのです。最初の女性CEOや役員、日本で最初に法律事務所を設立した外国人など、このネットワークに参加している女性たちは皆、‟先駆者”なのです。これに加えて、多くの人が組織のパイオニアであり、ファンドや自分の会社の創設者でもあります。

───パイオニアシップを大事にしたい女性たちに何かアドバイスはありますか?

Tracy 以下の3点を挙げたいと思います。

1)ネットワークを作ること。あなたをサポートするネットワークやグループが必要です。
2)計算されたリスクを取ること。安全な道と危険な道がありますが、その中間でバランスをとることです。完全な安全策を取るのではなく、リスクに対して賢くあれ。 
3)道を切り開くのは簡単ではないこと、多くの障害に直面することを前もって受け入れること。新製品の立ち上げであれ、新会社の設立であれ、困難はつきものです。

───本日はありがとうございました。

(Interviewer:松風 里栄子 本誌編集委員)

Tracy Gopal(トレイシー・ゴパール)氏
Japan Board Diversity Network(JBDN)創業者

 トレイシー・ゴパール氏は30年以上にわたって日本への情熱を持ち続け、コーポレート・ガバナンスの継続的な進展が、日本企業の長期的な持続的成長に大きな影響を与えると信じている。EY(監査法人)、GCA(M&Aコンサルタント会社)、ISS(世界最大級の議決権行使コンサルタント会社)に勤務した後、サード・アロー・ストラテジーズを設立、JBDN(ジャパン・ボード・ダイバーシティ・ネットワーク)の活動を行っている。会社の取締役や執行役員に対する取引関連事項(主に企業価値評価、M&A、売却、リストラ等)のアドバイスや、投資家に対するコーポレート・ガバナンス関連(委任投票、代理政策、スチュワードシップ、ガバナンス・リスク、効果的な関与等)において、豊富な実績を持っている。