禅と出会う

『禅と出会う』
横田 南嶺 著 春秋社

 心がざわつくとき、人は自身の内へと向かっていくことがあります。そんなとき、我々は何を探し求めるのでしょうか。人とは何か、生とは何か、自分は何者か。「禅」では心という宇宙の中の真を突き詰めていくような公案に向き合い、そこでは研ぎ澄まされた刃物の上を歩くような禅問答がある、このようなイメージが、かつて私にとっての禅でありました。
ところが本書の著者、横田老師は人に寄り添うような暖かさをもって禅の世界を伝えてくれます。禅への入り口、そこには重厚な門があるわけではない。選別される関所があるわけでもない。よりどころとなるのは心だ、という立場を『無門関』という書物を紐解き、相田みつを氏の詩なども交えて紹介しているのです。

 大道に入る門は無く、
 到るところが道なれば、
 無門の関を透過して、
 あとは天下の一人旅。

 さらに『無』とは何か、についても横田老師の手招きに誘われるように、踏み込んでいくことになるのが、本書の何とも魅力的なところです。多くの禅僧が、一生をかけて取り組んでいるこの概念に、簡単に答えを得られるわけはありません。それでも地位や名誉、学んだことを無くした後、何かを求めることを辞めた後、自分の思い込みを取り払った後、外的環境に振り回されることを無くした後に残る本当の自己とは? そんなインビテーションを身体の細胞で感じる本書は、読み進めるにしたがってぞわぞわと興味をかきたてられることでしょう。横田老師を通して出会う禅の世界では、厳しい旅の中で喜びを感じること、苦しい人生でも今この瞬間生きていることへの感謝に気づくこと、がさわやかな風のように吹いてきます。
 さらに『無』とは何か、についても横田老師の手招きに誘われるように、踏み込んでいくことになるのが、本書の何とも魅力的なところです。多くの禅僧が、一生をかけて取り組んでいるこの概念に、簡単に答えを得られるわけはありません。それでも地位や名誉、学んだことを無くした後、何かを求めることを辞めた後、自分の思い込みを取り払った後、外的環境に振り回されることを無くした後に残る本当の自己とは? そんなインビテーションを身体の細胞で感じる本書は、読み進めるにしたがってぞわぞわと興味をかきたてられることでしょう。横田老師を通して出会う禅の世界では、厳しい旅の中で喜びを感じること、苦しい人生でも今この瞬間生きていることへの感謝に気づくこと、がさわやかな風のように吹いてきます。

Recommended by 松風 里栄子
サッポロホールディングス株式会社 取締役
株式会社センシングアジア 代表取締役


『飾らない。
76歳、坂井より子の今をたのしむ生き方』

坂井 より子 著 家の光協会

 本書は、一人の人間として「しなやかに、そして楽しく生きる」ことを見つめるための1冊である。内容は、自分の心との向き合い方、家族をはじめとする他者との心地よい接し方、そして次の世代の人たちへのあたたかい励ましにまで及んでいる。
 私が著者の坂井より子さんを初めて知ったのは、『暮しの手帖』(暮しの手帖社)がきっかけだった。自宅で素敵な布草履を履きながら、日々の料理や掃除に丁寧に向き合って取り組む姿が紹介されていた。主婦歴50年の経験で培った収納の工夫や、愛着を持った洋服をアレンジして着こなす様子が魅力的なだけでなく、人生を軽やかに、そして前向きに生きる姿勢そのものがとても印象的だった。
 本書では、神奈川県葉山町にて、息子と娘の家族3世帯9人で暮らす中での“今をたのしむ生き方”のエッセンスが4章にわたって述べられている。例えば、第1章「笑顔の秘訣」では、「逆らわないで受け入れる」「何もないことが幸せ」「人に求めなくなりました」など、禅のようで哲学的な著者の人生の心得が語られる。
 「人間だから、そのつど何かしらの悩みはあります。でもそのことばかりをうじうじ考えて、鬱々としているのは体にも心にもよくない」と筆者は言う。悩みがあるときの対処法は、家に誰もいなければ「こんなことを考えていると病気になるから、もうやーめた!」と大きな声で叫ぶこと。それは誰かに聞いてもらうためではなく、自分自身に伝えるため。そんな風に、“今”の自分の心にきちんと向き合いながら、そして工夫を楽しみながら暮らす姿勢をすぐにでも真似して取り入れたいと感じた。
 最後には、『これまでのことは「すべてよし」』と締めくくる筆者。私自身、読み終えたあとは自然と肩の力が抜け、そして心が軽くなっていた。頭と心をやわらかい状態にしていたら、全てのことがうまく回っていくような、そんな“幸せの連鎖を生み出すお守り”のような一冊だ。

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一般社団法人TEKITO DESIGN Lab 代表理事