寄稿


公益財団法人による、栄養改善
ソーシャルビジネスモデル構築への挑戦

Text 上杉 高志
公益財団法人味の素ファンデーション
事務局長

Hop<プロジェクトヒストリー>

 2009年、味の素㈱は創業100周年を機に社内から新事業の公募を行い、ガーナにおける乳幼児の栄養改善プロジェクトを採用、同社として初のソーシャルビジネス構築への挑戦が始まった。
 「人生最初の1,000日(胎児から生後2歳の誕生日まで)」の栄養不足は、脳や身体機能の発育阻害に繋がり、学習障害、免疫力低下など生涯にわたり悪影響を及ぼすもので、全世界の5歳以下の子供の3割、約1億6千万人がこの課題を抱えている。また、アジア・アフリカではこの発育阻害によってGDPの11%を損失しているとされ、西アフリカ・ガーナにおいても、この栄養不足を起因とする発育阻害の課題は未だ深刻な状況である。
 味の素㈱は、プロジェクト開始時に国立ガーナ大学と共に離乳児の栄養状態を改善する栄養補助食品の製品開発に着手、現地産の大豆を主原料に、アミノ酸リジンと微量栄養素を加えた栄養補助食品「KOKO PlusⓇ」を開発した。現地の食文化を尊重し、離乳食として使われる発酵コーンのお粥(ココ)に追加できるよう、ふりかけタイプとした。味の素㈱が100年にわたって培ってきた食とアミノ酸技術を融合した製品である。開発した製品は、子供の成長への栄養効果の試験、持続可能性のために販売する製品(1袋10円程度)として流通試験を実施し、事業性の見極めも行っていった。
 子供の発育阻害という社会課題の解決には、本来的にその責任を担っている政府機関との連携が不可欠であるため、味の素㈱は2017年に設立した公益財団法人味の素ファンデーション(The Ajinomoto Foundation:以降TAFと記載)に同事業を移管することで、この官民連携を効果的かつ効率的に進めることとした。政府機関ガーナヘルスサービス(以降GHSと記載)と覚書を交わし、栄養教育ツール(離乳食教育ポスター、栄養教育フライヤー)の共同開発による栄養教育の質の向上を目指すことになる。これら教育ツールの提供と現場で教育を担う看護師へのオリエンテーションの実施、加えて母親が現実的に可能な一つの解決策として「KOKO PlusⓇ」を紹介する、という現場に根差した活動を進め、徐々に活動範囲を広げていった。活動が拡大し、エビデンスが構築されるにつれ、連携先は徐々に増えていくこととなった。

Step<現状と課題>

 途上国における栄養課題を持続的に解決するには、時間が掛かる。国や地域で異なる農作物、食文化を持ち、これらの文化は簡単には変わらない。文化を尊重しつつ、しかし栄養を十分摂れる食事に改善し健康に貢献しようという想い、ここには味の素㈱の創業からの志が、TAFに移管後も受け継がれている。事業を行う国・地域に入り込み、食生活を理解し改善することを目指して、家庭、市場、小売店を一軒一軒回る。製品、サービスを届けるために時間が掛かっても取り組む。これは味の素㈱のDNAであり、現場を重視しながら事業を推進する日本人・現地のスタッフの想い、それに共感するパートナー達の日々の活動の中に生き続けている。
 加えて、TAFは民間企業の枠を超えた動きができる。公益財団法人としてあくまで公益に資するという使命から、自由な発想と機動力を活かし、日本、ガーナの公的機関や他の民間組織と連携してきた。ガーナの人々の健康のため、協働するパートナーGHSの活動に寄与することであれば、個別の損得への拘りをなくし、直接的ベネフィットにならずとも、社会課題解決に向けた純粋な判断が可能となる。2019年には国連世界食糧計画(WFP)との最初の連携を開始、2022年4月からは新たに発展的プロジェクトを進行している。また、より確実な母親の行動変容促進のために日本の民間企業(シスメックス株式会社、日本電気株式会社)とのコンソーシアムを作り上げ、GHSとの協働を強化した。これは日本・ガーナ政府間で進められている「アフリカ健康構想」をガーナの現場で具現化したものであり、ビジネスを通じた持続型、異業種共創が可能なプラットフォームの構築に繋げている。
 このようにTAFは公的機関、国際機関、民間企業・団体を繋ぐ、連携のプラットフォームの役割を果たしつつある。この役割を更に強化することで、多くの日本・アフリカの人々と事業が繋がり、相乗効果を生み出すことに寄与できるものであると分かってきた。
 着実に連携パートナーを増やし、過去事例のない挑戦を続けるこのプロジェクトは、国際機関や日本政府から評価、期待をいただいている。今も、①母親の行動変容の促進、②行動変容に必要な、母親が買いたいときに「KOKO PlusⓇ」を買える環境作り(製品の配荷)、の2つの大きなチャレンジがあるが、徐々に解決に向けて光が見えてきている。
 これらの活動の先に、他の民間・公的機関の仲間が増え連携がしやすくなる、政府や国際機関と話がしやすくなる、といった公益財団法人としてのベネフィットが出てくると考えている。

Jump<未来像>

 これまで世界中で多くの組織が栄養課題に取り組んできた。当プロジェクトは対象を乳幼児にフォーカスしてきたが、将来的には更に多くの層(就学期、思春期等)に広げることも検討したい。加えて、アフリカの多くの国が同様の栄養不良の課題を抱えているため、培ってきたガーナでの知見を他国に応用、展開することで、より多くの人々の栄養改善ができる可能性を持っている。長い時間を要したガーナでの知見から、アフリカ他国に進出する志を同じとする企業、組織、団体との連携をスピーディに構築し、効率的に早期に展開、効果を生み出す活動を行っていきたい。
 別角度での検討は、「KOKO PlusⓇ」で構築した販売網は現在DX導入が進んでおり、GHSが全国に持つ保健インフラとその近所の小売店への配送を可能としている。これは「KOKO PlusⓇ」のみではなく、特に新たに市場参入したい企業・製品や、他の栄養・保健関連製品にとって、流通網の脆弱な同エリアにおいて重要な情報となる。戦略的な配荷を行うことで受益者の周りに確実に製品を届けるサプライチェーン・プラットフォームとなることから、それら製品・企業や団体との協働の可能性も考えられる。
 一企業、一団体では難しくとも、組むことで実現可能な形を作り出せる連携には、大きな可能性がある。多種多様な組織が連携することは容易ではなく、経済価値を優先するとそれぞれの思惑が先に立ち連携が困難になるが、連携の第一義を社会課題解決とすることで、皆が同じ方向を向けることを実感してきた。目的を一つにして、日本・先進国政府と企業、現地政府機関と企業、国際機関、NGO等の団体、様々な人々、組織が共通目的のために動けば、できる事の可能性は無限に広がる。
 この活動は、援助による短期的な成果を目指す活動とは異なる。子供の体調にすぐに変化が現れる事のない栄養改善は、母親の基礎的な理解がなければ、行動が続かない。栄養課題を抱える国の人々が栄養の重要性を理解し、その解決のために必要な行動を起こし、「継続的に購入する」ことが求められている。この容易ではない継続購入を、一人ひとりの母親が自ら行うことができる流れを作り出すことが、今後アフリカの人々が援助に頼らず自立していくことの一助となることを願っている。
 アフリカの子供たちが、栄養をしっかり摂って心も体も成長し、未来に向かって笑顔で人生を切り拓いていこうとする姿が、私たちには見え始めている。この未来写真をより鮮明にしていきたい。

上杉 高志(うえすぎ たかし)
公益財団法人味の素ファンデーション 事務局長

1999年東京外国語大学外国語学部卒業、味の素株式会社入社。海外食品事業に16年間従事した後、2015年より社内研究部門が進めていた「ガーナ栄養改善プロジェクト」に参画。ガーナ駐在途中の2017年より、同年設立された公益財団法人味の素ファンデーションに出向、2020年の帰国以来、現職。