『流通と商業データブック
理論と現象から考える』

『流通と商業データブック
理論と現象から考える』
東 伸一、三村 優美子、懸田 豊、
金 雲鎬、横山 斉理 編、有斐閣 

 流通・商業の世界は、製造業の世界と比較して圧倒的に変化が早く、かつそれはドラスティックである。この分野では、これまで多くの理論書が出版され、また近年は教科書ブームとでも言えるようなテキスト出版(ほんの入門書からかなり高度なものまで多様)全盛の時代である。
 一般にこれまでは、理論書は言うまでもなく、教科書といえども、その内容はあくまで理論問題を解き明かすことに注力してきており、結果かなり難易度が高く、現実世界の理解からかなり乖離したものが多く見られる。
 本書は、こうした一般的特徴を裏切り、現実世界と理論世界を架橋する(ちなみに「架橋」は、流通理論の基礎的解説で必ず使用される用語)ことを狙いとしたユニークな出版物であるが、本書の特徴を理解するためには、出版経緯を知っておく方が良いだろう。それは巻末の「おわりに」に記されているが、要約すると、流通・商業研究の泰斗であった鈴木安昭先生の書かれた教科書『新・流通と商業(1993年初版)』と、その内容に対応させる形で編纂されたデータブックである『マテリアル流通と商業(1994年初版)』を合体させ、アップデートしたのが本書である。「平易ではあるが粗雑ではなく、厳密ではあるが難解ではない」ことを心掛けて執筆された前者の章構成を全面的に踏襲することによって理論体系を継承しつつ、現実対応力を高めようとした、ある意味で欲深い(?)、意欲的な一冊に仕上がっている。とはいえ、手強い困難な取り組みであるだけに、想定される読者が第1ページ目から本書を通読するにはかなり骨が折れるだろうし、一読しただけでは理解しにくいかもしれない。
 評者のお勧めは、本書を手元に置きながら『新・流通と商業』で基礎を学び、興味あるトピックスについて本書でさらに理論的かつ現実的な理解を深めることである。野心的試みにチャレンジした編者たち同様に、読者もまたチャレンジングに本書に取り組んでもらえればと思う。

Recommended by
流通科学大学 商学部 教授  向山 雅夫


『「人類マーケティング哲学」への前哨
現代マーケティング解体考 THE FINAL』
香下 堅次郎 著 三省堂書店/創英社

 書評めいたことをほんの少しだけ書かせていただく。
 本書の目指すところを理解せんとするには、常識的にアダム・スミス批判から始めるのが上策だと思われる。市場における彼の所謂「見えざる手」は、彼が個人的に如何に哲学的道徳的であっても、利益の平等な分配を彼岸に追いやる以外の何ものでもない。
 著者が評価する経営学者フィリップ・コトラーによれば、マーケティングとは「どのような価値を提供すればターゲット市場のニーズを満たせるかを探り、その価値を生みだし、顧客にとどけ、そこから利益を上げること」である。
 その顧客とはどのような人物なのか。ここからが著者が本領を発揮するところである。梅原猛、西田幾多郎、ホワイトヘッドなどの言を理解して「人類」なる概念で人物(顧客)を定義しようとしている。ただ、この論点は筆者には厳密には理解し難い。
 著者によれば、顧客としての人物のもうひとつの特徴は「歴史性」である。この論点は比較的理解しやすい。卑近な一例を挙げるならば、著者と筆者とは大学教養時代において同クラスであった。50名ほどのクラスであった。私どもはこのクラスで育てられ、以後も影響をもつ「歴史性」の中で生を全うしていると言ってよい。クラスの誰がどのような人物であるかに時に思いを致す。そうして少なからず影響を受ける。このような「歴史性」を見つめるマーケティングが求められると著者は本書の最後に強調する。この「歴史性」を強調したのが、ヴィルヘルム・ディルタイである。ディルタイを翻訳した勝部謙造である。ディルタイへの志向で実質的に著者の論考は幕を閉じている。

Recommended by
元旧・大阪市立大学  教授<哲学> 
やぶき ひでお